2万8千年前のマンモスの細胞核の動きを確認
太古のDNAで生命現象を再現、古生物科学の新たな扉を開く

研究・産学連携 大学プレスセンター
2万8千年前のマンモスの細胞核の動きを確認 太古のDNAで生命現象を再現、古生物科学の新たな扉を開く

近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)ならびに近畿大学先端技術総合研究所(同、海南市)を中心とする、ロシア連邦サハ共和国科学アカデミー、東京農業大学、東京工業大学、国立環境研究所らの共同研究グループは、シベリア永久凍土中で2万8千年間眠っていたマンモス「Yuka」の化石から採取した筋肉組織等から細胞核を回収し、その一部がマウス卵子の中で新たな細胞核を形成しはじめることの観察に世界で初めて成功した。

本研究の成果は、平成31年(2019年)3月11日(月)午後7時(日本時間)に、国際的なオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載される。

【本件のポイント】
●化石から採取した細胞核が、マウス卵子の中で新たな細胞核を形成する様子を世界で初めて観察することに成功
●マンモスの細胞核が、永久凍土で2万8千年間生物学的活性を維持してきたことが判明
●マンモスDNAの損傷をマウス卵子が修復する可能性を示唆

本件の概要

細胞核には生命の設計図「DNA」が含まれているが、化石から得られた細胞核が生物学的に機能するのかはわかっていなかった。そこで本研究では、シベリアで発見されたマンモスの体から骨髄と筋肉組織を採取し、さまざまな生物情報の解読、および細胞核の機能の復元に挑みた。

まず、遺伝情報についてアフリカゾウと比較し、マンモスがもつ特徴的なDNAやタンパク質の配列を確認した。次に、タンパク質の保存状態について解析したところ、Yukaの筋肉組織は比較的良好な状態で、細胞核の成分が存在していることが示された。そこで、筋肉組織から回収したマンモスの細胞核をマウス卵子に注入し、マウス卵子を生かしたまま細胞核の動きを観察した。

その結果、マンモス細胞核が新たにマウス由来の細胞核タンパク質を取り込みはじめ、なかには細胞分裂をする直前の形になるものも存在した。さらに、マンモス細胞核の一部が最終的にマウス卵子の細胞核の中に取り込まれる現象まで確認できた。

本研究は、生物学的活性を保持している細胞核がマンモス化石中に存在することを世界で初めて実証した先駆的な成果であり、絶滅動物における生命現象の細胞レベルでの再現など、今後の古生物学と進化生物学における新たな発見が期待される。

掲載誌

雑誌名: ”Scientific Reports”自然科学・臨床科学分野を対象としたイギリスの国際電子ジャーナル(インパクトファクター:4.122)
論文名: Signs of biological activities of 28,000-year-old mammoth nuclei in mouse oocytes visualized by live-cell imaging(28,000年前のマンモス細胞核の生物学的活性の兆候をライブセルイメージングで視覚化)
著 者: Kazuo Yamagata, Kouhei Nagai, Hiroshi Miyamoto, Masayuki Anzai, Hiromi Kato, Kei Miyamoto, Satoshi Kurosaka, Rika Azuma, Igor I. Kolodeznikov, Albert V. Protopopov, Valerii V. Plotnikov, Hisato Kobayashi, Ryouka Kawahara-Miki, Tomohiro Kono, Masao Uchida, Yasuyuki Shibata, Tetsuya Handa, Hiroshi Kimura, Yoshihiko Hosoi, Tasuku Mitani, Kazuya Matsumoto, Akira Iritani

※筆頭著者=山縣 一夫准教授、永井 宏平准教授、宮本 裕史教授、安齋 政幸准教授、加藤 博己 教授(近畿大学生物理工学部ならびに先端技術総合研究所)
責任著者=入谷 明(近畿大学 名誉教授)

研究の背景

現在姿を消してしまった生物は、進化の過程を刻んだ遺伝情報や絶滅の要因に関する貴重な情報を有している。永久凍土中に眠るケナガマンモス(Mammuthus primigenius)はその中でも注目される動物であり、これまでにも全ゲノム情報の解読と、その情報をもとに寒冷な環境に適応したヘモグロビンの再構築や、体毛の色といった外見上の特徴に関する報告がされてきた。

近畿大学は、平成8年(1996年)からロシア北東シベリアに位置するサハ共和国と共同でマンモスに関する研究に取り組んできた。今回、平成22年(2010年)に発見された「Yuka」の組織を用いて、最新の生命情報解析技術と体細胞核移植技術、ライブセルイメージング技術(※1)を駆使して、マンモスの生物情報の解析を行うとともに、細胞核の生物学的活性に対する評価を試みた。

研究の詳細

1.マンモス「Yuka」のゲノム解析
化石の遺伝情報をアフリカゾウと比較したところ、全体の0.7%にあたる約2,700万箇所の一塩基置換(※2)が存在した。また、その一部がマンモスにみられる特徴的なアミノ酸置換(※3)をもたらしていることが判明した。

2.マンモス試料(骨髄および筋肉組織)のタンパク質解析
高性能の質量分析計(※4)(TripleTOF型)を用いて、マンモスから得たサンプルからタンパク質を解析し、これまでの記録(126種類)を大幅に上回る869種類のタンパク質の特定に成功した。

特定された中にはヒストンやラミンといった核内に存在するタンパク質が多く含まれており、筋肉・骨髄組織には細胞核を構成する成分が保持されていることが示された。さらに、コラーゲンのアミノ酸配列中の脱アミド(※5)の度合いを検討した結果、骨髄に比べ、筋肉組織の方がより良好な保存状態であることが示された。

3.細胞核の選別と回収
筋肉組織を破砕(ホモジナイズ)した後、DNAに対して強く反応する蛍光色素である「DAPI」によって染色された核様の構造物を選別・回収した。更に、免疫細胞化学染色(※6)を行ったところ、核内に存在するタンパク質「ヒストンH3」および「ラミンB2」(※7)が含まれていることがわかり、選別した核様の構造物が細胞核であることを確認した。

4.体細胞核移植による細胞核の生物学的活性の解析
回収したマンモスの筋肉由来の細胞核をマウス卵子へ移植し、ライブセルイメージング技術を用いて観察したところ、マンモスの細胞核への「ヒストンH2B」の取り込み、そして核周辺における紡錘体(※8)の形成、つまり細胞分裂の直前の姿が観察された。さらに、マンモスの細胞核の一部が分離して移動し、マウス卵子の核に取り込まれていく姿を捉えることに世界で初めて成功した。

5.マンモスDNAの損傷の評価
DNAが細胞核内で損傷すると、周辺にある「ヒストンγH2A.X」がリン酸化される。そのリン酸化されたヒストンを認識する抗体に蛍光物質をつけることで、生かしたまま損傷程度を測定することに初めて成功した。また本研究により、マウス卵子のもつ優れたDNA修復機構により損傷が修復される可能性が示された。

マウス卵子がDNAの修復機能を備えていることは既に確認されていたが、マウス卵子を生かしたまま修復の程度を測定する手法を考案したことと、それを用いて化石由来の損傷したDNAが実際に修復されている可能性を科学的に示したのは今回が初めてである。

今後の展望

本研究により、マンモスの細胞核が、永久凍土の中で2万8千年もの間、生物学的活性を維持してきたことが初めて明らかになった。さらに、マウス卵子がもつ修復能力によってDNAの損傷が修復されることが示唆された。

これらのことから、DNAの損傷が軽度で保存状態の良い細胞核を得ることにより、移植された細胞核におけるDNAの複製や遺伝子の転写・翻訳等が行われ、胚発生が進むことが期待される。

今後は、近畿大学が構築した最先端の知識と技術を統合した生命情報科学と核移植を用いた”バイオアッセイプラットフォーム”を駆使し、絶滅動物の生命現象を細胞レベルで再現することにより、古生物学と進化生物学におけるパラダイムシフトに挑戦していく。

【用語解説】
※1 ライブセルイメージング技術……緑色蛍光タンパク質などを用いて、細胞内におけるタンパク質や構造を生きたまま連続的にタイムラプス観察をする手法。本研究では、ヒストンタンパク質を赤色に染めることで細胞核を、紡錘体関連タンパク質を緑色に染めることで紡錘体を可視化している。

※2 一塩基置換……DNAの塩基配列中に存在する1塩基の変異のこと。

※3 アミノ酸置換……一塩基置換などのDNAの変異によりタンパク質のアミノ酸が他のアミノ酸に変異すること。

※4 質量分析……分子を気体状のイオンに変換し、質量電荷比に応じて分離・検出することにより、分子の正確な質量の測定や定量を行う分析手法。タンパク質の特定や定量、翻訳後修飾の特定などに用いられる。

※5 脱アミド……タンパク質中のアスパラギンとグルタミンというアミノ酸から、アミドが脱離する反応のこと。コラーゲンの脱アミドの度合いは化石の保存状態に相関することが知られている。

※6 免疫細胞化学染色……抗原抗体反応を利用して組織中の特定の抗原物質を検出する手法。

※7 「ヒストンH3」および「ラミンB2」……ヒストンおよびラミンは細胞核内に存在する主要なタンパク質。ヒストンはDNAに結合し、ラミンは細胞核構造を支える。両者とも細胞核を検出する指標となる。

※8 紡錘体……細胞分裂の際に細胞核を娘細胞に分離する細胞内構造体。専門的には、紡錘体が集合した娘細胞を「分裂期染色体」と呼び、分裂の直前の様子であることを示す。