大隈重信と早稲田大学
一国独立の基礎は自主独立の精神にあふれた国民の形成にある
近代日本を設計し、政治家としてのイメージが強い大隈重信だが、官学に匹敵する高等教育機関を育成するために力を注いだことでも知られている。
幕末、大隈重信は長崎で宣教師としてキリスト教伝導の傍ら、塾を開いて英学を教えていたフルベッキ(Guido H.F. Verback)と出会う。博大な知識と人徳を備えたフルベッキに学んだ大隈は、世界の大勢に目を開かされる。
折から、政局の激しい転回のなかで欧米の新知識が希求されている時流に鑑み、新たに英学塾を開いて若者たちを教育する必要性を強く感じることとなる。
1867(慶応3)年、佐賀藩は長崎の諫早藩屋敷に英学塾「致遠館(ちえんかん)」を開いたが、これは大隈の発案によって創設されたものだ。大隈はここで教頭格として教壇に立った。当初30人ほどでスタートしたこの学塾は、藩や階層、年齢を問わず受け入れ、最盛期には100人を超えるほどだったという。
この致遠館の運営の中から大隈は、「教育」が人間形成ならびに社会形成に果たす役割の重要性を深く認識することとなった。
1868(慶応4)年、大隈は明治新政府に出仕し、徴士参与兼外国事務局判事に抜擢された。キリスト教徒処分問題でパークス英公使らとわたり合って敏腕を振るい、維新政府内での評価が高まった。
その後大蔵大輔などを経て参議に就任、維新政府の中核を担う人物の一人となる。大蔵卿を兼務した大隈は、財政担当の開明派官僚として近代化政策の担い手となる。このとき大隈が展開した財政政策は、わが国近代財政の基礎を確立したものとして「大隈財政」といわれる。
自由民権運動に端を発する路線対立で政府から追放された(明治14年の政変)大隈は、ともに政府を去った自由民主義的な旧官僚や都市の知識人たちとともに、翌1882(明治15)年、立憲改進党を結成、在野から政治改革をめざす運動に着手した。
一方、下野したことを契機に、大隈の教育への思いは再び萌芽する。国の真の独立を達成するためには国民の一人ひとりが独立した人格を形成することが必要で、それには近代的な教育が前提にならなければならないという大隈の思いが、本学設立の構想を描かせることとなったのである。
そして同年、本学の前身である東京専門学校が開校。「右手に政党、左手に学校」と謳われたように、この学校の設立は、立憲国家の確立とそれを担う国民を育成することを目的として、大隈が特に力を入れた事業であった。
「学問の独立」を掲げる東京専門学校に対しては、設立当初、政府からさまざまな圧迫が加えられたものの、全国各地から学校の理念に賛同する青年たちが集まり、数多くの個性的な人材が巣立っていった。創立から20年後の1902(明治35)年に校名を早稲田大学と改め、日本有数の私学へと発展していくことになる。
早稲田大学教旨が現在に生きる
大隈の教育理念は、やがて「早稲田大学教旨」という形に集約されていく。その冒頭に「早稲田大学は学問の独立を全うし学問の活用を効し模範国民を造就するを以て建学の本旨と為す」とある。
現代の言葉で分かりやすく言い換えれば、「自ら考え行動できる能力を養い、人類のために貢献し、地球社会のために生きる人間になる」ということだ。この教旨は現在においてはもちろんのこと、無数の優れた人材を世に送り続けてきた本学の、未来永劫にわたる理念だ。
こうした志が、今もわれわれの心に脈々と受け継がれており、「進取の精神」といった独特の校風を、自然に醸成している。
現在、グローバル化が進展している世界では、これまで人類が体験したことのない未知の問題が次々に起こっている。それはいわば既成の解答がない問題といえる。そうした課題にどのように取り組んでいくのか、今、人類の智恵が問われている。
21世紀に入り急速に混迷を深めていく世界を前にして、大学が果たすべき役割は、ますます重要になってきている。そして、こういう時代であればこそ、早稲田大学教旨が改めて脚光を浴び、生きてくるのだ。
20年後の日本を展望する“Waseda Vision 150″
世界と渡り合う新しい時代の到来を受けて、早稲田大学では大学の存在意義を再考し、抜本的な大学改革に踏み切ることとした。その軸となるのが、2032年の創立150周年を見据えて〝アジアのリーディングユニバーシティ〝を目指す「WasedaVision 150」だ。
この10数年間、「21世紀の教育研究グランドデザイン」「Waseda Next 125」の取り組みを通し、グローバル化対応の促進や、学部の壁を越えた全学的な基盤教育の拡充、学際研究の推進などを進めてきた。
「Waseda Vision 150」は、これらの実績と開学以来受け継いできた大学の教旨を踏襲し、さらに教育・研究の質を向上させることを目的とする。
描くのは20年後に、ひとつは世界に貢献する高い志をもった学生が早稲田大学に集まること。次は世界の平和と人類の幸福に貢献する研究を行うこと。三番目は卒業生(校友)が世界中のあらゆる分野でグローバルリーダーとして社会を支え、かつ、早稲田大学と緊密な協力関係を築くこと。四番目は早稲田大学がアジアの大学のモデルとなる運営体制を確立すること――そんな姿(ヴィジョン)だ。
それを実現するための13の「核心戦略」と、戦略を実行するための93のプロジェクトが2013年度より順次遂行されている。20年越しの改革はまさにその只中にある。
また、2014年度には「Waseda Vision 150」を加速させる「Waseda Ocean構想」が文部科学省のスーパーグローバル大学(SGU)トップ型に採択された。国際的な競争力をもち世界レベルの教育・研究を行う大学として、他の12大学とともにその成果が試される。
「Waseda Ocean 構想」は、開放性・流動性・多様性をテーマに教育・研究の質を高め、世界に選ばれる早稲田になることを目指すプロジェクトだ。本プロジェクトでは「世界ランキング18分野で100位以内」「10年間で10万人のグローバル人材を輩出」など具体的な目標値を提示。
また、国際的評価が高い6モデル拠点(国際日本学、ICT・ロボット工学、実証政治経済学、ナノ・エネルギー、健康スポーツ科学、数物系科学)を選定し、そこで有用と認められた知見や制度を全学に普及させるなど、明確なイメージを打ち出している。
このプロジェクトはまだ進行途上にあるものの、現時点でも着実に成果が挙がっている。英国QS社が発表した研究分野別の世界ランキング「QS World University Rankingsby Subject 2019」では、11分野が100位以内、中でも「Sports-related Subjects」「Modern Languages」「Engineering Mineral& Mining」「Politics & International Studies」「Classics & Ancient History」の5分野については、50位以内と高く評価された。
また、同じく英国QS社が発表した卒業生の活躍などを評価するランキング「QSGraduate Employability Rankings 2019」では、国内私大ランキングでは2年連続の第1位、世界で27位となった。早稲田大学は、これまでも時代を導く傑出した人材を数多く輩出してきたが、今もその人材育成力は健在だと言えるだろう。
建学の理念である三大教旨を守りながら、新しい時代に相応しいビジョンに基づいて改革を進める早稲田大学。大隈重信の教えは脈々と受け継がれている。