2021年4月、関西学院大学の理系学部は従来の理工学部から再編され、理学部、工学部、生命環境学部、建築学部の4学部体制となった。それから4年あまり。新体制で入学した学生は社会へ、あるいは大学院へと活躍の場を広げている。研究と教育の質の高さは学外からも大きな注目を集め、国内外の様々な研究機関との連携が進んでいる。新体制による最新の取り組みやその根底に流れる関西学院大学ならではの精神について、4学部の学部長が意見を交わした。

世界をリードする研究の数々。挑戦の舞台は宇宙にまで広がる

アカデミックフリーダムの伝統が受け継がれている
工学部 学部長 藤原明比古 教授
―関西学院大学の理系学部では、先端的で特色ある多彩な研究や教育活動が行われています。各学部の注目の研究や教育についてお教えください。
山口 理学部では、国内外の研究機関と協働で取り組む先進的なプロジェクトが展開されています。その1つが、独自開発した望遠鏡をNASAの観測ロケットに搭載し、大気圏外から宇宙を観測しようという松浦周二教授のプロジェクト。学生も参加し、望遠鏡の開発や観測データの分析に取り組んでいます。また、水蒸気の少ない南極に望遠鏡を設置し、星間物質の観測から星の誕生やブラックホールの形成に迫る瀬田益道教授のプロジェクトも進んでいます。
本学はJAXAと連携大学院協定を結ぶ、西日本で唯一の私立大学です。協定に基づいて大学院生がJAXAに派遣されており、小惑星リュウグウの地質解析を行うなど、在学中から最先端の宇宙研究に取り組んでいます。
藤原 宇宙で居住空間や観測設備などを作るには、小さく折りたたんで運び、現地で大きく広げて建設や設置をする必要があります。「展開宇宙構造物」と呼ばれるこの技術を研究する第一人者が、工学部の岸本直子教授です。岸本教授はJAXAの宇宙構造物実証研究にも参画しています。
兵庫県内には、世界最高性能の放射光実験施設「SPring-8」があります。数々の先端的な研究で知られる理化学研究所も神戸に拠点を置いています。このような地の利を活かし、各施設と密接に連携して先進的な研究に取り組んでいることも本学部の特色です。
橋本 生物科学科の松田祐介教授は、海に住む珪藻というプランクトンが高効率で光合成を行うことができるタンパク質を持っていることや、効率的に二酸化炭素を固定できるメカニズムを解明しました。この研究は世界三大科学誌に数えられる『セル』に掲載されました。海洋環境や地球レベルでの環境の予測に貢献するものとして、大きな注目を集める研究です。
同じく生物科学科の宗景ゆり教授は、砂漠などの高温で乾燥した環境下でも生育する作物を研究しています。過酷な条件を生き抜くために独自の進化を遂げ、特有の光合成のメカニズムを解き明かす研究は、地球温暖化に対応できる農作物を開発するための品種改良に応用されることが期待されています。
八木 建築学部で注力している教育のポイント1つ目は、国際化の推進です。これまでにマレーシア、オーストラリア、韓国の大学と連携し、本学学生が現地を訪れ、現地学生とペアで各国の課題に取り組むというプログラムを展開してきました。海外の大学との連携はさらに拡大していくほか、国外のコンペにも積極的に参加していきます。
建築の専門家は今後、「建てるだけ」では社会からの期待に応えられなくなります。長寿命や環境配慮など高い付加価値を備えた建築を考えたり、建築に向けた資金調達や維持・管理費まで含めた計画の立案といった、マネジメント能力が必要になります。そういった力を養うための教育が、本学部が注力している2つ目のポイントです。
今後は理学部や工学部の研究者と連携し、宇宙における建築の可能性を広げるチャレンジも進めていきます。
橋本 理系4学部全体で言えることですが、研究力の高さは学外から客観的な評価が寄せられています。論文の被引用数などに基づいて選出される「2025年世界で最も影響力のある研究者トップ2%」には、本学から15人がランクインしました。将来を嘱望される有機合成化学分野の若手研究者が集まって合宿を行う2025年の「大津会議」では、選出された13人のうち2人が本学の大学院生です。
学際的な学びを大切にする「仁田イズム」を継承

若手教員の活躍が学生を触発し成長へ導いている
理学部 学部長 山口 宏 教授
―関西学院大学理系学部が受け継いできた精神や特色をお教えください。
山口 本学理系学部の礎を築いた仁田勇先生(コラム参照)の精神、すなわち「仁田イズム」が現在もしっかりと受け継がれています。
橋本 私は本学理学部21期生で、仁田先生に直接学びました。仁田先生は常日頃から、物理と化学の両方を分け隔てなく学ぶことの大切さを説いていました。その言葉を受けて私は、化学科所属であったにもかかわらず物理学科の単位も取得。両学科を卒業できる単位を取得しました。学際的であることが、仁田イズムの大きなポイントです。
山口 現代における仁田イズムの表れの1つが、教員や学生が学部の垣根を越えて交流していることです。多くの大学では、学部ごとに建物が分かれています。でも本学では、1つの建物に複数の学部の研究室が入っています。すぐ隣で別の学部の先生が、まったく分野の異なる研究に取り組んでいるのです。この環境では、自然に他学部の先生や学生との交流が生まれますし、他学部の先生に装置を借りることもよくあります。そこから、研究や学びへの刺激やヒントを得ることができています。私はこれを、「研究のバリアフリー」だと思っています。
藤原 他学部の授業を履修しやすいことも現代における仁田イズムだと言えます。工学部には、橋本先生の授業を履修している学生もいます。しかもそれが、わざわざ他学部の授業を受けるのではなく、カリキュラムに組み込まれて無理なく選択できる授業の1つとして位置付けられているところは、本学ならではだと感じます。
橋本 研究者が一番やってはならないことは、タコツボ化することです。自分の専門分野を深掘りするあまり、他分野へ目が向かないようになってしまってはいけません。その点、本学は様々な研究に取り組む先生が在籍し、日常的に交流しています。多様さというのも、本学理系の大きな特色です。
山口 充実した環境も特筆すべき特色の1つです。学内には実験に必要な設備はひと通りそろっており、学部を越えた利用で研究を円滑に進行させることができます。
橋本 基盤研究費にも恵まれています。私たちも外部機関に対して研究費獲得の働きかけを行っていますが、それはあくまでも、挑戦的な研究を目的としてのものです。つまり基盤となる研究に関しては、活動費の心配をする必要はないのです。これは設備についても同様です。土台がしっかりしていると心のゆとりが生まれます。心のゆとりはユニークな研究や他分野の先生方との交流へとつながっていきます。
山口 35〜40歳ぐらいの、若手教員が多いことも本学理系学部の伝統です。国公立大学の場合、これぐらいの年代の研究者は教授の手伝いや学生の指導などで多忙になりがちで、自分の研究に没頭しにくいです。それに対して本学では、自分の研究に打ち込み、文部科学省などの第3者から表彰されている先生がたくさんいます。そういった姿を学生は身近に見ています。結果、「自分も大学院へ進もう。研究者になろう」と志す学生が増えるという好循環が生まれています。
藤原 先生との距離の近さは理系学部の伝統ですね。若手教員だけでなく、ベテランの教授へも学生が気軽に質問や相談をしています。コロナ禍で途絶えていた、先生と一緒に昼ご飯を食べるという伝統も復活しつつあります。「アカデミックフリーダム」が関西学院らしさの1つだと思います。
八木 建築学部も先生と学生の関係は非常にフランクです。そもそも本学の建築学教育は、総合政策学部都市政策学科の建築士プログラムコースからスタートしました。建築学は工学の要素を持つと同時に、社会課題に取り組む学問でもあります。本学においては新しい学部であり、他の理系学部と毛色が少し異なるにもかかわらず、分け隔てなく受け入れてくれています。それこそが関西学院大学理系学部の懐の深さであり、仁田イズムの表れだと感じています。
学内外との連携で特色ある教育・研究を展開

「Mastery for Service」の精神が研究・教育の充実を支える
生命環境学部 学部長 橋本秀樹 教授
―各学部の特徴や特色ある取り組みについてお教えください。
山口 理学部は数理科学科、物理・宇宙学科、化学科からなります。前述の宇宙に関する研究の舞台となっている物理・宇宙学科は、電波天文学、赤外線天文学、X線天文学という宇宙物理学の主要3分野をすべてそろえていることが大きな特色です。数理科学科は金融工学や自然・生命・社会現象を数理モデルで解析する研究など、応用数理の研究が活発です。化学科では若手教員の活躍が著しいです。
研究室は通常、講座名で呼ばれることが多いです。しかし理学部では、先生の名前で呼ばれています。これは、分野に縛られることなく自由に研究していいことを象徴しています。研究や学びに垣根がないことが、理学部全体の特色と言えます。
藤原 工学部は課程制を導入しており、分野を横断して学びやすいことが特色です。全部で4つある課程のうち、物質工学課程と電気電子応用工学課程、情報工学課程と知能・機械工学課程はそれぞれの課程を行き来しながら学ぶことができるマルチプル・メジャー(複専攻)制度を採用しており、複眼的な視点を養うことができます。電気電子応用工学課程はパワーエレクトロニクス半導体に強みを持ち、情報工学課程はスポーツの解析や売上を向上させるパッケージデザインなどユニークな研究が行われています。多彩な研究を行う教員が集まり、交流して互いが高め合うという、タコツボ化とは正反対の環境にあることも特色です。
橋本 生命環境学部は、生物科学科、生命医科学科、環境応用化学科の3学科からなります。前述の松田先生や宗景先生など、先端的な研究が活発に行われているのが生物科学科です。生命医科学科では、幹細胞研究による再生医療・進化医学・がん治療、脳をテーマにした研究など、医学への応用が期待される研究が多数行われています。環境応用化学科では、応用化学や地球科学を学び、環境問題の解決や持続可能な社会の実現に貢献する研究に取り組んでいます。
「2025年世界で最も影響力のある研究者トップ2%」に選出された15人のうち、7人は生命環境学部の教員(※)。世界で存在感を示す研究者から学べることも、本学部の魅力です。
※元職を含む。
八木 国際化、マネジメントという建築学部が推進する2つの取り組みは先にお話ししたとおりです。加えて私たちは今、建築学部を有する兵庫県内の6大学との連携を進めています。一例として、各大学の2年生が作品を持ち寄る講評会を開催しています。
建物には単に生活したり働いたりする場だけでなく、人と人とが交流して語らう場という役割もあります。3人の先生方がおっしゃられたように、本学理系学部は学部や研究分野の垣根を越えたつながりが魅力です。建築の力を活用すれば、つながりをさらに促進することが可能なはずです。建築学部では今後、神戸三田キャンパス内に教員や学生が語り合うサロンのような場所を作り、「フリーアドレスなキャンパス」を提案していこうと考えています。
教員と学生との距離の近さが納得の研究室選びと成長を支える

フリーアドレスなキャンパスで学際的な交流を活性化させる
建築学部 学部長 八木康夫 教授
―今年3月には4学部体制になってから初の卒業生が誕生しました。学生の成長や、それを支えるサポート体制などについてお聞かせください。
山口 理学部では3年次までに、実験重視・実習重視の教育を行っています。学生数に対して設備の数も十分なので、実験の際に「眺めているだけ」となることはありません。「自分で実際にやってみる」という体験を重ねることで、自分で調べて自分で学ぶことの楽しさを知るのです。そのかいあって、4年次に研究室に配属されて以降は研究に夢中になる学生が多く、卒業研究も立派な仕上がりになっています。
学部を卒業後は、6割弱の学生が大学院に進学しています。大学院生のなかには学会のポスター発表で受賞する人も少なくありません。大津会議にも大学院生2人が選出されたほか、「2025年世界で最も影響力のある研究者トップ2%」には化学科から2人の若手研究者がランクインしました。学生たちは、そういった身近にいる優秀な先輩から多くの学びを得ています。先輩は後輩の指導役・相談役も務めています。その経験は社会人になったときの大きな財産になっており、企業からも高い評価が寄せられています。
藤原 理学部、工学部、生命環境学部では1年次から学生1人1人に担任の教員がつき、学期末ごとに面談を行うなどして学生時代を通じたケアを行っています。この仕組みの有効な点の1つが、担任教員が学生の人となりまで理解できることです。理系学生にとって、研究室選びは大きな関心事です。研究内容とのマッチングはもちろん大切なのですが、意外に重要なのが、研究室の雰囲気や教員との相性です。もしミスマッチがあれば、せっかくの意欲や能力を思うように伸ばすことができません。担任教員が学生の人となりを理解していることで、学生が成長し活躍できる研究室とのマッチングを実現しやすくなるのです。
橋本 生命環境学部では5割以上の学生が大学院に進学しています。学生へのケアについては山口先生、藤原先生がおっしゃられたとおりなのですが、本学部ならではのこととして付け加えるなら、ベテラン教員と若手教員がペアになって学生の指導を行っている点が挙げられます。教員と学生との距離が近いことが本学理系学部の特色とはいえ、やはり学生にとって年配の先生には話しにくいこともあります。そんなとき、若手教員が間に入り、橋渡し役をしてくれるのです。
八木 建築学部では今年3月、学部として初めての卒業生が誕生しました。卒業生のうち約半数は大学院へ進学しています。学生と教員との近さは、本学部でも非常に大切にしている点です。これからも教員から学生へ寄り添っていき、成長と納得の進路選びをサポートしていきます。
私立大学ならではの魅力が今も息づく大学
―最後に、関西学院大学全体の魅力を改めてお教えください。
橋本 スクールモットーである「Mastery for Service(奉仕のための練達)」の精神が学生にも教職員にも行き渡っていることです。具体的には、他者のことを気遣える人が多いです。先輩が後輩を指導したり、教職員が手厚く学生をケアしたりというのは、スクールモットーの表れではないでしょうか。
八木 数多くの卒業生が各界で活躍しており、なおかつ母校と後輩への熱い思いを持っている人が多いことです。教育への協力や就職活動中の学生への支援などは目を見張るものがあります。これもやはり、スクールモットーという考えの根本がしっかりしているからだと思います。卒業後にも自身の支えとなるスピリットを養うことができ、それが世代を越えて共有されている。関西学院大学とは、私立大学ならではの良さが連綿と受け継がれている大学だと言えるのではないでしょうか。
コラム 仁田 勇

1899年、東京生まれ。
1923年、東京帝国大学理学部化学科卒。理学博士。結晶化学の先駆者として世界的に著名な学者であり、「化学構造のX線的研究」で帝国学士院賞(現:日本学士院賞)を受章するなど、受賞歴多数。1960年に関西学院大学教授に就任し、理学部開設準備の中心的役割を担う。1961年から1967年まで理学部長を務め、理学部発展の礎を築く。1968年の定年退職に際して、関西学院で4人目となる名誉博士の学位が授与された。
【お詫び】
ユニヴプレス2025年11月号「関西学院大学 学問領域を越えたつながりが最先端の研究を加速させる」の文章中に下記の誤植がございました。訂正してお詫びいたします。
●P54 5段目 4行目
誤)先端的な研究が活発に行われているのが生命科学科です。
正)先端的な研究が活発に行われているのが生物科学科です。
