教育付加価値日本一の大学を目指し、「自ら考え行動する創造的探究・実践人材の育成」に取り組む金沢工業大学。こうした「大学の学び」への高校からのスムーズな移行を後押しするのが、2021年度に始まった「KIT入学教育」だ。副学長(入学教育支援担当)を務める青木隆教授に、その内容と実際の教育効果について話を聞いた。
副学長 青木 隆 教授
「面倒見の良い大学」として広く知られる金沢工業大学(KIT)には、正課の授業とさまざまな課外教育を連動させて学ぶための仕組みが数多く用意されている。こうした充実の学修環境を活用しながら、学生が自らを最大限成長させられるように、2021年度から導入されたのが「KIT入学教育」だ。
KIT入学教育は、高校までとは大きく異なる「大学の学び」への橋渡しを行うための高大接続プログラム。高校生と大学入学直後の1年生を対象に、ロールモデルとなる先輩学生との交流機会を設けながら、理工学の基礎力定着と入学後のキャリアデザインを行っている。KITの青木隆副学長は、その狙いを次のように説明する。
「入学教育を通して自分の特徴や強み、好きなことなどに気づき、どのように成長していきたいのかを考えた上で大学に入学してほしいのです。その意識を持つことが、入学後の『積極性』や『自分を高める意欲』につながります」
入学教育では高校から大学1年次までをトータルで考え、学生の視野を広げながら2年次以降の専門的な学びにつなげている。キャリアデザインを考える機会を設けているのは、やりたいことの実現に向けて、どのようなステップを踏めばいいのかを描けていない新入生が多いため。たとえばロボットを動かすには、プログラミングだけでなく数学や物理の知識も必要となる上、文献や論文を読むための英語力も求められる。基礎的な学びが将来の専門の学びにどう結びついていくかを理解してもらうことで、学びのモチベーションの向上を狙っているのだ。
大学教育の実際に触れて基礎と専門の関係を理解
入学教育の各プログラムの内容を詳しく見ていこう。高校生対象の「授業体験」は、KITの1年次に開講される授業や、各学科の専門基礎となる授業をオンデマンドで受講できるプログラム。体験科目として「データ分析ことはじめ」「メディアデザイン入門」「AIロボット入門」といった講座が用意され、45分間の授業で大学や専門の学びに先んじて触れることが可能だ。
「情報」や「AI」といった華やかに見える領域も、学びを深めるためには一見地味な基礎的な学びが必須となる。「実際の学問に触れ、興味があることに対するイメージを明確にすることで、得意科目を使って何をするかなど進路選択の視野を広げてほしい」と青木副学長は話す。
合格者が対象の「ステップアップ講座」では、先輩学生や入学後のクラスメイトと交流しながら、KITでどのように成長していくかを考えていく。先輩学生が自らの成長を発信する「ステークホルダー交流会」、大学生活や教育研究活動のエピソードを交えながらフリートークを行う「先輩との座談会」、希望する道へ進むために参加しておくべき科目やプログラムを確認できる「キャリアデザイン講座」を用意。やりたいことを実現するためには何が求められるのかを考えながら、必要に応じて数理の基礎を復習するための「基礎学力解説講座」も受講可能だ。
入学予定者に対しては、数理系の基礎科目や専門科目をオンデマンドで開講する「先取り科目」を提供。事前に講義を受講して入学後のガイダンスへ参加することで、その科目が1年次の単位として認定される。授業の先取りで生まれた時間的余裕は、「2年次の上位科目を履修」「1年次から研究室へ参加」「プロジェクト活動に注力」など、多くの学生が興味を深堀りするための時間として使っている。
「本学には正課・課外を問わず、充実した教育環境が整っています。1年次からさまざまな活動へ積極的に参加して、早くから大学で学ぶ楽しさを感じてほしいと思っています」(青木副学長)
入学予定者が対象の「直前集中講座」では、「ICT講座」や「文章の書き方講座」を提供。学んだことをレポートにまとめることの多い大学での学びで、前提となるスキルの確認が可能だ。また、基礎的な数学の学び直しができる「ゼロからの数学スタートナビ」は、オンデマンドで教職課程の先輩学生からアドバイスをもらいながら学べるのが特徴。先輩学生にとっても教育の実践力を高める機会になるなど、入学後も続く学生同士の学び合いの場としても機能している。
入学教育で高まる積極性 学内の課外活動が活発化
入学教育は開始から5年目を迎え、全学生の約3分の1がいずれかのプログラムに参加するようになった。その効果は数値にも表れ始めており、たとえば退学率は導入当初と比較して約1%低下した。
入学教育が学生の積極性にプラスの影響を与えたと見られるデータもある。プロジェクト活動や部活動といった課外活動への参加率は、入学教育参加者が78.4%で、未受講者の40.8%を大きく上回る。大学全体の課外活動参加率も、入学教育開始前の約40%から近年は60〜70%へ上昇している。
KITでは課外活動に関わる学生が正課でも優秀な成績を収めることが長年のデータから分かっており、入学教育参加者もその傾向は同じだ。GPAの平均値は未受講者の2.58に対し、入学教育参加者は2.94。1年次の取得単位数は、未受講者に比べて2.8単位も多かった。入学教育参加者の多くは年内入試で入学してくる学生であり、入学教育が一般選抜入学者との学力差を埋めた側面もありそうだ。
授業にも課外活動にも意欲の高い入学教育参加者の存在は、周囲の学生にも良い影響を与えているという。
「普通科高校出身者の多くは、数学が得意でもPCの扱いに慣れていません。一方で、年内入試に多い実業高校出身者は、数学がそれほどできなくてもPC作業や図面作成などは得意です。それぞれが自分の強みをしっかり認識して入学してくるので、互いの強みを生かして教え合う関係性ができています」(青木副学長)
多様な人が集まることで物事が動いていくのは実社会でも変わらない。さまざまな発想をする人が集まるグループの中で、自分の特徴を生かして活躍するための力を育むのは、KITの教育の柱である「プロジェクトデザイン教育」が狙うところでもある。青木副学長は言う。
「本学はその時々の状況に合わせて常に変化を続けながら、すべての学生に専門基礎力を養い、社会に貢献できる人材として送り出しています。入学教育で少しの後押しを行うのも、受け身ではなく自ら学ぶスタンスを養うことも大学教育には必要になっていると考えるからです。KITは一人ひとりの学生と真摯に、忠実に向き合って、これからも学生の成長に尽力していきます」