学びの真の個別化を実現する教育改革が進行中
自己肯定感を高めて、社会に送り出す未来志向の学園
小学校から大学、専門学校を擁する学校法人文理佐藤学園。独自のエリート教育プログラムがある西武学園文理小学校・中学校・高等学校では、未来を切り拓きながら社会に貢献するトップエリートを数多く輩出してきた。また、サービス経営学を教育・研究する日本初の高等教育機関として誕生した西武文理大学は、今では看護学部も加えて、ホスピタリティ産業に携わる人材を育成。ブライダルやエンターテイメント、ホスピタリティなど人との関わりを学ぶ、AIには代えられない多彩な分野を擁している。
時代のニーズに応える教育改革を行いながら大きく成長してきた同学園だが、急激に変化する時代を見据え、さらなる改革を進めている。同中学校・高等学校のマルケス ペドロ校長と、同大学の八巻和彦学長に、日本の教育の問題点や、これからの社会で求められる教育、現在進行している学校改革などについて話を聞いた。
――日本の教育には、どのような課題があるのでしょうか。
マルケス 学校は、国や地域が求める人間を養成する機関としての役割がありますが、国際化が進む現代社会では、「誰のための教育なのか」が問われています。以前のような画一的な教育は古くなり、変わらなければならない局面を迎えています。しかし、日本は多くの問題を抱えているにもかかわらず、細かなところばかり注目して、大きく変えていく意欲がないように感じます。いまだに偏差値を重視する風潮があることも問題です。偏差値が高くなくても、大学に入ってから輝く学生はたくさんいます。偏差値の物差しは、何も測っていないも同然です。
八巻 日本の教育現場は、偏差値や進学実績を上げることを重視しているので、学力が高くない生徒は自分がいてもいなくてもいい人間だと思ってしまうケースも多い。自信を失った状態で大人にならざるを得ない深刻な状況があります。しかし、人間には得意、不得意があるのは当然です。世の中から優秀だと評価されている人は、得意なことがたまたま今の社会に求められている分野というだけです。
また、自信を持つということは、人と比べて自分が優れていると認識することではありません。自己肯定感を持つことが、自信につながるのです。各国の青少年の自己肯定感についての意識調査をみると、日本は自己肯定感が最も低い。社会が豊かであるかどうかは関係なく、日本の教育システム自体が問題なのだと思います。本学にも自信がない状態からスタートする学生がいます。ですから私は本学で学び様々な体験をすることで、自己肯定感を高めてほしいと思っています。
マルケス 日本の学校ではコミュニケーション能力や想像力、ユーモアなどの非認知能力を取り扱う学校が少ないと感じます。こうした力は人間関係を通して育まれるものなのに、いまだに教員の話を黙って聞くだけの授業が多い。生徒は、自信がないから話せないというより、経験値が少ないゆえに話し方が分からないのです。
このように現在の教育現場は様々な問題を抱えています、AI時代を前に、教育のあり方を考え直さなければならない時期がきています。私たちも日々、手探りで改革を進めています。
八巻 記憶力や計算力など、これまで座学で重視されてきた能力はAIには勝てません。座学的に学力が高いだけの優等生を重視する教育システムは今後、機能しなくなっていくのではないでしょうか。
マルケス AI時代、人間に求められるのが想像力と道徳です。ロボットやAIは人間が指示しなければ動かないので、人間が結果をイメージしながら伝える必要があります。あいまいな伝え方をすると、こちらが意図したものはできませんが、良い指示をすれば、良いものを生み出してくれます。その半面、残酷なこともできるようになる可能性があります。だからこそ、道徳が重要になってくると思います。
――マルケス校長は、学校改革の最前線に立ち、生徒が主体的に学ぶ教育を実現しています。どのような教育を行っていますか。
マルケス 生徒中心型教育やPBL(Project Based Learning)教育を発展させて、真の意味で学びの個別化を実現したいと考えています。その一環としてスタートしたのが、生徒がチームになって主体的に活動する10の「ガチ・プロジェクト」です。現在10種のプロジェクトが進行しており、狭山市と進めているハロウィンプロジェクトもその一つです。学校のイベントという枠を超えた地域一体型の一大プロジェクトで、小中高大を擁する学園が一丸となって取り組んでいます。
八巻 学園の周辺は新興住宅地で、お祭りなどのイベントが少ない地域です。過疎化も問題になっているので、ハロウィンプロジェクトは市の活性化につながる良い機会になりそうですね。
マルケス 他にも、外部のデザイナーと連携して、新しい制服を製作する「制服デザイン」や、社会で活躍する人のインタビュー番組を制作して配信する「ポッドキャスト」、ドラマや映画、ミュージックビデオなどを制作しながらメディアについて勉強する「ドラマ・映画収録」などがあります。また、ソフトウェアの企業と連携した「スポーツデータ分析」では、AIを活用してデータを分析し、各チームで戦略を練って勝利を目指します。他の高校では見られない大学レベルの高度なプロジェクトです。この他にも、生徒が提案した様々なプロジェクトが進行しています。
すべて、実社会とつながるプロジェクトなので、うまくいかないことはありますが、従来の学校教育にはない多様な体験ができる機会になっています。専門家や生徒、教員が一丸となって取り組むことで、非認知能力を高めることもできると思います。
八巻 大学でも、実社会と協働するプロジェクトを数多く用意しています。授業の一環として実施していた取り組みを発展させて誕生した一般社団法人「放課後カンパニーBUNRI」では、学生が最高執行責任者(COO)や最高財務責任者(CFO)などの役割を担い、社会的な活動に力を注ぎます。他にも、埼玉の秩父地域振興センターと協働しながら、地域の発展を目指すプロジェクトなど、多彩な取り組みがあります。
――中学・高校では、2025年から新しいクラスがスタートします。
マルケス 中学にアート&スポーツクラスを、高校にアートクラスを設置します。各教科の授業に加えて、アニメや漫画、グラフィックデザイン、デジタルアートなどについて学びます。学外でアートに関する課外活動にも取り組みます。進路については、芸術系の大学はもちろん、一般的な大学進学にも対応しています。
今の時代、科学的な素養はもちろん必要ですが、先ほどの話にも出た非認知能力や想像力を養うことも重要です。その具体的な材料になるのが、文学や音楽、芸術などのアートやスポーツです。また、これからはAIが生み出したものを人間が改善していく編集能力も求められるようになるでしょう。それには、デジタル活用能力が必要になるので、是非、本校のアートクラスで養ってほしいと思います。
八巻 学長の私も授業を一つもっていますが、その授業で取り上げたジャン=ジャック・ルソーの学問芸術論に、「人間は肉体においても精神においても、生まれながらにして欲求を持っている」という一節があります。この一節について、「肉体の欲求はわかるけれど、精神の欲求とは何ですか?」と学生から質問がありました。精神について考える機会が少ない日本人の多くが抱く疑問かもしれません。
精神の欲求とは、広い意味でのアートに関わる分野です。美しいものに触れて、感動して涙が流れるのは、精神の欲求があるからです。今は、数値化されるものばかりが重視され、抽象的なものは無視されがちですが、これからアートがさらに重要な分野になっていくでしょう。大学でも、サービス経営学部の学生が、「誰もがアーティストになれる未来を作る」というコンセプトのもと、最先端のデジタル技術を活用したアーティストプロジェクトを進めています。
マルケス 本校はダンス部や吹奏楽部など、アート・スポーツ系のクラブ活動も活発です。中学にはeスポーツ部を新設します。また、吹奏楽部は強化指定クラブになる予定です。
――その他の改革について教えてください。
マルケス 高校では、2024年からクリエイティブクラスがスタートしました。一般的な授業や試験がなく、PBL教育に主軸を置いています。プロジェクトやスポーツ、部活動などに積極的に取り組む、新しい学校のあり方を模索するクラスです。教科学習については、教員とAIが連携して個別に対応しています。入学段階で、他のクラスより学力が高い生徒が集まりましたが、今の段階で高3までの学習を終わらせた生徒もいます。今後、高校の他のクラスにも、この教育方法を広げていきたいと考えています。
八巻 サービス経営学部では、2学科を1学科に改組し、2025年から新カリキュラムがスタートします。幅広い学びを選択できるように、新たなカリキュラムを導入します。新カリキュラムでは、アクティブラーニング科目(体験学修)を拡充。多様な体験をしながら主体的に学べる環境が整います。1~4年生まで、学年の垣根を超えたチームで様々な体験学修に取り組みながら、学び合い、助け合い、教え合いながら、成長してほしいと思います。
マルケス 中高では、2024年度校則の見直しを行いました。既存の校則をゼロベースにすることで、制服の着用や髪の色、アクセサリー、化粧について、各家庭の教育方針や本人の価値観にゆだねています。この取組みの根本にあるのが、民主主義への理解を深めることです。インターネットの発達や国際化により、異なる背景を持つ多様な仲間と協働できるかどうかが問われるようになっているのに、「これが正解だ」「あの人は変だ」などと考えているうちは、世界を舞台に生きていくことは難しいでしょう。導入当初は批判もありましたが生徒には好評で、笑顔が増えました。
八巻 この社会情勢の中、校則で生徒の自由を縛るのは無理がありますし、制限し続けることは、先生たちがますます多くのムダなエネルギーを使うことになります。そのことを理解した上で、これからの教育についても考えていく必要がありますね。
マルケス 人間社会の価値観は流動的ですから、今の価値観に固執せず、これからの時代に合う改革を進めていきます。
――最後に、受験生に向けてメッセージをください。
マルケス 本校は、自分が何になりたいのか、どんな人生を送りたいのかを考える「未来支援」に力を注いでいます。難関国公立大学や医歯薬系、先端科学分野など、自分の学びたい学問の修得に向け一般選抜で大学に進む生徒、多彩なプロジェクトに取り組みながら総合型選抜や指定校推薦で自分の道を切り拓いていく生徒の様々な入試方法に対応しています。在学中に起業したい人や、海外大学への進学を目指す生徒も応援しています。本校でやりたいことを見つけて、大きく成長してほしいと思います。
八巻 学生数が2学部計約1400人の小規模な大学なので、学生と教員の距離が近く、アットホームな雰囲気があります。学長オフィスアワーを設置し学生の話を聞く機会を増やしています。学生との距離をさらに縮めながら、一人ひとりに合った教育を実現していきたいと考えています。また、学生には、本学で自分の居場所を見つけてほしい。これまで、学校に自分の居場所を見つけにくかった人が、その負の経験を本学の4年間で拭い去り、高い自己肯定感と自信を持って社会に羽ばたくことができるようにサポートしていきます。