「社会実装型の教育・研究」で学生を伸ばす金沢工業大学。企業や地域社会を巻き込んだ研究でカーボンニュートラルを推進
金沢工業大学(KIT)は2022年4月、やつかほリサーチキャンパス内に「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」を開所した。土木建設の分野で幅広い知見を有する鹿島建設株式会社との間で、セメント材料を用いた3Dプリンティング技術に関する共同研究を開始。二酸化炭素を吸収するコンクリートを材料に、3Dプリンターでデザイン性に優れた建造物を製作するなど、大学と企業が互いの強みを融合させて技術革新と社会実装を目指している。
さまざまなランキングで高校教諭から高い評価を得るKIT
在学中に学生を大きく伸ばす高い教育力で知られる金沢工業大学(KIT)。進路指導教諭が選ぶ「面倒見が良い大学」ランキングでは、17年連続で第1位に選ばれている。
その他にも「就職に力を入れている大学」では全国2位、「入学後、生徒を伸ばしてくれる大学」では東北大、東京大に次ぐ全国3位、「小規模だが評価できる大学」では全国6位、「教育力が高い大学」では有名総合大学などに続く全国14位。多くのランキングで上位にランクインしており、高校現場から高い評価を得ていることがうかがえる。
KITは短期間で技術革新が起こる「変化の激しい社会」で活躍できる学生を育てるために「社会実装型の教育・研究」に注力している。社会の中での実践的な学びを重視する姿勢が、高い教育力や学生の成長の背景にはある。
社会実装型の学びが自らの将来を考える契機に
現代は高度な情報技術が人々の生活を変えていく「Society 5.0」の時代だ。KITの大澤敏学長は、「技術を積極的に使って多くの人が豊かになれる世界を作ろうとする流れの中で、自動車や家電といったモノの多さを豊かさの指標とする社会から、自らの満足感や自己肯定感、社会貢献による自己実現といったものが重視される社会に変わりつつある」と話す。
学生にとっても、自分のやりたいことをどう見つけるのかは大きな課題だ。多くの学生は将来何らかの形で社会に役立ちたいと思っているものの、将来は見通しにくく、具体的なイメージも持ちにくい。だからこそ大澤学長は、卒業後に社会でどう活躍できるかを実感できるような教育が必要だと言う。
「本学は社会実装型の教育や研究を通して、大学で得た知識を社会に当てはめてみる経験を重視しています。学生をキャンパスに閉じ込めるのではなく、積極的に社会へと出していくことで、地域社会全体をキャンパスの一部として活用しているのです」
共創教育の拠点となる「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」
KITが位置する金沢近郊には、地域社会との間で長い時間をかけて築き上げた数多くの社会実装フィールドが存在する。KITでは産学協働の取り組みを教育の場とも位置づけており、大学の必修科目として学んだAI、IoT、データサイエンスの知識や、各学科の専門知識を学生自身が社会実装する機会が豊富に用意される。
KITの社会実装型教育は、企業や地域社会を巻き込んだ、分野を超えた共創教育でもある。多くの学生が異分野連携で研究に取り組んでおり、大学全体では約250のプロジェクトが動いている。実社会での活動には制約が多く、研究室での実験とは異なる視点が必要とされる。社会人や地域の人々と協働する中で、社会で活躍するための「人間力」も育っていく。
2022年4月には、土木建設の分野で幅広い知見を有する鹿島建設との間で「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」を「やつかほリサーチキャンパス」内に開所した。多様な3Dプリント技術を開発してきた「KITの経験と実績」と、「鹿島建設の業界随一のコンクリート技術」という互いの強みを生かしながら、セメント材料を用いた3Dプリンティング技術における技術革新を目指して共同研究が進んでいる。
両者はこれまでにもさまざまな共同研究に取り組んできたほか、鹿島建設の第一線ではKITの卒業生が活躍している。両者の深い関係性が、今回の一大プロジェクトにつながったそうだ。
技術革新に向けた研究で学生が重要な「戦力」として活躍
具体的なプロジェクトの中身を見てみよう。「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」には、全長約4メートルのロボットアーム式3Dプリンターが設置されている。アームの先端からセメント材料を吐出し、積層を重ねることで、ロボットによる自動での部材製作を可能にする設備だ。
共同研究にはKITや鹿島建設の研究者に加え、土木、建築、機械、ロボティクス、応用化学など、さまざまな専門を持つ学生が複数の研究室から参加している。多様なバックグラウンドを持つ学生同士が、分野を越えて意見を交わしながら研究が進んでいる。
セメント系の3Dプリンターは、材料が柔らかすぎると形を作れずに崩れてしまう一方で、固すぎるとノズルから材料を押し出すことができないという技術的な難しさがある。最初は材料をスムーズに出すのすら難しく、途中で千切れてしまうことも多かったそうだ。デジタルでのシミュレーション技術が発達したとはいえ、こうした部分の課題解決はアナログでのトライ・アンド・エラーが重要となる。学生チームは試行錯誤を繰り返し、研究開始から2カ月あまりでセメント積層における技術改善を実現した。
「モルタル自体が基準値を満たしていても、ポンプに送る途中で固まってしまうこともあります。送る時に柔らかい状態を保つために、絶えず手動で振動を与えるよう工夫することで、ようやく上手くいきました。作品は一つですが、完成までには何十回ものチャレンジがありました。失敗を恐れずにチャレンジし続けることが大事だと思います」(学生談)
「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」の宮里心一所長は、学生が研究における「戦力」であることを強調する。
「本学は社会実装を通した教育研究に取り組んでおり、本研究にも学生が全面的に参加しています。何に対しても『やればできる』と思っている『新しい探求者』である彼らだからこそ、驚くべき成果を短期間で出せたのだと思います。失敗が許される学生時代に多くの経験をして、良い技術者へと育っていってほしいですね」
さまざまな背景を持つ学生や研究者の融合でカーボンニュートラルを目指す
3Dプリンティングの材料には、鹿島建設らが開発した環境配慮型コンクリート「CO2-SUICOM」を使用。カーボンニュートラルの実現を同時に目指す研究となっている。
これまでの一般的なコンクリート製品は、製造時に1立方メートルあたり288キログラムの二酸化炭素を排出する。それに対しCO2-SUICOMは、「セメント材料の見直し」「コンクリートの炭酸化」などの技術革新により、二酸化炭素を資源として活用することに成功。生産過程全体で1立方メートルあたり18キログラムの二酸化炭素を大気中から「吸収」することが可能になった。ちなみに、高さ20メートルの杉の木が一年間に吸収するのは約14キログラムだ。
二酸化炭素は主にコンクリートの表面から吸収される。3Dプリンターではコンクリートを少しずつ積み重ねながら形を作るので、表面積が大きく、複雑な形状をした資材を作るのも比較的容易であり、素材と技術の相性は抜群だ。コンクリートは地球上で水に次いで使用量が多い材料なので、作れば作るほど地球環境への負荷を低減する「カーボンネガティブ」な材料を用いることによる波及効果は非常に大きい。二酸化炭素を資源として捉え直すことで、グリーンイノベーションを実現する一つの事例といえよう。
KITは技術の社会実装に力を入れており、今回の共同研究でもその姿勢は変わらない。3Dプリンティングの普及のためには技術の認知度向上が必要との考えから、北陸地方の近隣自治体との「産官学の連携」を模索。開発した技術を用いて、公園に置けるベンチや、観光資源となりうるユニークなアートなどの造形物を製作する予定で、23年度中に実際の成果物を公共の場に設置することを目標としている。
基礎技術の開発など「シーズ」の研究から、実際の社会に実装する「ニーズ」を満たす部分まで一貫して取り組むのが本プロジェクトの一番の特徴。さまざまな専門を持つ研究者と学生の融合による、地球環境に優しい新たな技術の誕生に期待したい。