実践女子大学のキャリア形成支援改革
高水準の実就職率94.0%を実現!
~全国女子大2位!~
※卒業生数1,000人以上
実践女子大学では、2019年4月に学生サポートの新たなプラットフォーム「J-TAS(Jissen Total Advanced Support)」が始動。学生一人ひとりの成長記録を蓄積し、教職員が共有できる環境が構築された。さらには、ワンストップでの学生支援を実現した部署統合や、教職協働での支援体制の確立により、学生に対する個別支援を拡充。これら、同大が進める第一期キャリア形成支援改革は実就職率の向上へとつながり、2018年度には90.2%の実就職率を経て、2021年度には94.0%という過去最高の数字を叩き出した。しかも、主要企業への就職実績に基づく「就職偏差値が上がった大学2021」ランキング*では、規模別の全国1位を獲得。現在はキャリア形成支援改革の第二期を突き進む実践女子大学の「キャリア形成支援」について紹介する。
*実践女子大学ホームページより https://www.jissen.ac.jp/notice/year2021/20220128_news.html
~ 第一期 キャリア形成支援改革 ~
ワンストップで学生に対応する学生総合支援センター
2019年4月から運用が始まり、実践女子大学における学生支援の屋台骨となっている「J-TAS」。その考え方を一言で表せば、「入学前から卒業後まで、一人ひとりの個性を大切にした個別支援体制」。“マス”向けのプログラムを軸に学生の成長を後押しする従来の体制から、最大限個々の興味関心に寄り添う“個別支援”体制への転換だ。従来の学生支援では、キャリアセンターが就職支援を中心とする学生のキャリア支援を一手に引き受けていた。一方で、学園祭やサークル活動、ボランティア活動といった課外活動支援に努めてきたのは学生課であり、学修や履修に関する相談は教務課が担当するといった棲み分けがされていた。こうした縦割りのスキームでは部署間での連動もなく、学生生活で培われた学生の資質についての情報共有もなされない。キャリアセンターでも、学生の強みを引き出し切れない点は否定できなかったという。
そこで進められたのが部署の再編だ。キャリアセンターと学生課を業務レベルまで含めて部署統合したほか、教務課で学生からの履修相談などに対応するセクションなどが分離・統合され、新たに「学生総合支援センター」が設置された。当然、相談内容によって学生が「たらい回し」にされることもない。そのメリットについて、学生総合支援センターで、キャリアサポート部長を務める内田雄介氏は次のように語る。
「かつての学生課では、1年次から日々の学生生活の相談に乗ることで、学生と職員との間に信頼関係が生まれていました。部署の統合以降は、学生が信頼できる“馴染み”の職員を頼って学生総合支援センターを訪れると、就職活動に向けたアドバイスが受けられるようになりました。職員は、その学生の実績や強みを理解していますので、就職活動でのアピールポイントに関しても的確なアドバイスができます。ワンストップですべての事務サービスが受けられるなど、学生の負担が軽減されるというメリットも生まれています」
また、部署統合によってキャリア支援を兼務する職員数自体が増えたため、より親身なサポートが実現しうる環境になったという。必要に応じてキャリア形成支援業務経験の長い職員や、国家資格キャリアコンサルタントを有するキャリアアドバイザーに引き継がれるというが、一次対応という点では、ほぼ全職員が学生の相談相手になっているようだ。そもそも職員自身にも就職活動の経験や研修の機会があるため、学生からの基本的な質問には対応できるという。その具体的なシーンについて、同キャリアサポート部で課長補佐を務める近江谷洋太氏が紹介してくれた。
「学生が履修相談に来た際、実は就職活動でも困っているといった話になることがあります。すると、履修相談を受けた職員が、そのまま就職支援に関する基本的な情報提供を行ったあと、必要があれば別の職員から詳細を説明するという流れができています。これまでは分断されていた学生対応が、当センターなら一気にカバーできるのです。また、就職先が決まっていない学生には『内定がまだならとにかく来て』と伝えてもあまり響かないのですが、『手続きがあるから来て』と伝え、手続き後に何気なく就職活動の話を振るようなこともあります。就職に関する相談に対して漠然と壁や怖さを感じる学生がいるからこそ、こうした個別対応の積み重ねが大切だと考えています」
多くの大学ではキャリア関連の職員と外部のキャリアアドバイザーによる支援体制が一般的だが、実践女子大学では、多様な経験や専門知識を持った自前の大学職員を中心とする手厚いサポート体制へと変化したということ。しかも、この支援体制を入学直後からスタートさせることを重視しているという。
J-TASの始動後は、キャリアアドバイザーも増員。非常勤アドバイザーに加えて常勤アドバイザーを雇用し、2021年度には2019年度と比較して約3倍の相談件数に達したという。
経験の数を増やし、振り返りを習慣化
学生総合支援センターには、就職活動や履修科目など、さまざまな相談が持ち込まれるが、「学生の声を聞き、学生の『WILL』ができる限り実現できる方法を考える」という意識が職員同士で共有されている。学生の自己成長のため、ただ相談に乗るだけではなく、ボランティア活動やインターンシップをはじめ、多彩なアクティビティーによって「アクション総量」を増やし、学生の自信を高めることに主眼を置いている。2021年に新設された社会連携推進室とも密に連携しており、産学連携や東京2020大会におけるボランティア活動など、学内外で経験値を高める学生は増加の一途をたどっているという。
「本学では、東京2020大会に関わるプロジェクトが約8年間にわたって進められ、参加した学生数はのべ1万人を超えました。大会期間中は、大会ボランティアや都市ボランティアなどに多くの学生が参加しました。特に選手村の食堂運営スタッフなどの活動に参加した学生は350名を超え(本学には食生活科学科がある)、全国1位の参加人数となりました。また、渋谷キャンパス周辺の地域活動に参加する学生も増えてきています。これまでは一歩を踏み出せなかったフィールドに、学生がチャレンジするようになっています。こうした学生の活動は周囲の学生にも波及しますので、アクティブな学生の意欲を入学後から大切に育んでいくことが、行動力のある学生の裾野を広げることにもつながると考えています」(内田氏)
ただし、同センターでは、「リフレクション(言語化)」も重視している。アクティビティーに参加するだけでは成果や成長を実感するには不十分と考えるからだ。学生自身が自らの活動内容を振り返る作業を習慣化させることで、自信の向上につなげてほしいのだという。実践女子大学では「成長診断テスト」を活用して、親和力や協働力、行動計画力といった社会人基礎力を調査しているが、その結果から見えてきたのが「自信の欠如」だった。学生は多様な取り組みにチャレンジしたいと考えるが、一歩踏み出す自信がない状況が課題として明らかになったのだという。
「成長診断テストは、本学のディプロマポリシーに明記されている卒業要件ごとの進捗状況を把握するためのツールです。学生は1年次と3年次にこのテストに臨み、授業を通して自分に必要な資質の向上を目指します。そのために、授業ごとにどのような力が身につくのかを可視化したカリキュラムマトリクスを導入しており、履修計画に役立てることができます。正課授業に加えて協働力や行動力は課外活動でも高められる能力でもありますので、学生は自分が高めるべき力を理解して、正課外の活動でも行動につなげることができるのです」(内田氏)
また、成長診断テストの結果は、学生カルテ機能を有するJ-TASシステム上で学生本人はもちろん、教職員が閲覧可能だ。ほかにもJ-TASシステムでは、個々の履修状況や成績の推移、所属サークル、課外活動への参加状況、学内でのキャリア面談相談情報が蓄積されている。これらの情報をもとに、同センターの職員が個別にアプローチを行う。積極的・意欲的な学生に向けた情報提供から、進度に遅れが見られる学生の奮起を促すアプローチまで、学生に応じた支援に活用しているという。従来は職員の経験則で対応していた面もあったというが、データによる裏付けをもとに個別対応につなげている。大きな目的は学生全体の自主性や主体性の向上であり、3年次のインターンシップへのエントリー率を一つの指標としているという。
個々の学生が養うべき資質を可視化する「成長診断テスト」
教職協働でのキャリア形成支援を推進
教職協働によるキャリア形成支援体制にも要注目だ。アカデミックな見地から学生に接する教員からすれば、就職活動支援などはキャリアセンターの役割という認識もかつてはあったというが、そもそも先生方にキャリア形成支援のコンテンツが認知すらされていなかったのではないかと内田氏は振り返る。その認知不足を招いた一因として考えられたのが、キャリアセンターと教員とのコミュニケーション不足。そこで、同センターでは、学生支援という大きな枠組みの中で、キャリア支援に関する情報を学内にオープンにしながら、教職協働の就職支援を求めて教員組織にアプローチした。時間をかけて連携を深めてきたことで今では教員の熱量の高まりを感じるという。
「J-TASが始動した2019年以降、委員会を通じて就職支援内容を共有する一方、月1回のペースで当センターと先生方との間で4年生の進路状況に関する情報共有が行われるようになりました。当センターでは早い段階で個別支援のための情報整理を進めることができ、一人ひとりの学生に対してピンポイントにアプローチができるようになりました。また、先生方からも学生に就職活動に向けた助言をしていただくなど、教職協働で学生支援を行う動きが広がっています 」(内田氏)
こうして、同センターから有効な支援ができていなかった学生に向けて、参加可能なサポートプログラムの紹介や、求人情報の提供などを実施。その後も教員と連携しながらの個別支援を進めたことで、2022年3月卒業生の実就職率94.0%という高水準の結果にもつながった。J-TASを導入して終わりではなく、部署統合によるメリットの創出や、課外プログラムの拡充、そして教職員が一体となった学生支援を、パラレルかつ実直に進めてきた成果だと言えるだろう。
~ 第二期 キャリア形成支援改革 ~
低学年次から学生の意識に応じた施策を展開
さて、実践女子大学がJ-TAS体制のもとで変化したポイントで忘れてならないのが、低学年支援への注力だ。同センターでは、学生の就業意欲の高さを上位層・中位層・下位層にセグメントした上で、各層に対する施策を設計している。当初、具体的な施策がどの層に有効であるかをマッピングしたところ、低学年支援全体を重視する方針に反して、中位層から上位層向けの施策に集中しがちであることがわかったという。上位層の引き上げも重要だが、就業意識が低い下位層の底上げ支援の必要性を痛感したことで、1年次からのスタートアッププログラム導入など、次なる一手が打たれ始めている段階だ。
新たな取り組みを議論した場は、「キャリア形成グランドデザイン策定会議」。J-TASの導入を第一期とすると、現在は第二期の取り組みに進んでいる。ここでも教職協働で企画・検討しているほか、外部有識者も加わって取り組みの妥当性などを検証しながら、新たなプログラムが開発されてきている。例えば、学科不問の共通教育科目である「企業分析論」の新規科目の配置や長期、海外インターンシップ制度が2024年度の開始を目指して準備されているほか、「JISSEN ポケットSPI」という全学生向けのe-learningシステムを利用した筆記試験対策も導入した。
また、キャリア形成支援において改善の余地が大きいと考えられてきた文学部では、2年次生を対象に「就活基礎ゼミ」をスタートさせた。低学年次からキャリアを考える機会を増やすことで、アクション総量を増加させる必要性を認識させると同時に、社会との接点を持つことで、たとえ漠然としたイメージだとしても、「こういう仕事が面白そうだ」という感覚をつかんでほしいのだという。さらには、コロナ禍で横のつながりが弱い学生同士や先輩たちと、ヨコとタテの“仲間”をつくることも目的の一つだという。
一方、文学部以外の学部向けにも、就業意欲の高い2年次を対象とした「大手・人気企業チャレンジプログラム」を開講した。このプログラムは、就職活動に必要な「自己分析」や「業界・企業研究」の進め方、「自己PR」や「志望動機」の書き方を学ぶもので、就職難易度の高い大手人気企業にチャレンジし、内定獲得できる学生を低学年次から育成するのが狙いだ。1期生は現在就職活動中、既に大手新聞社やIT企業等で内定を獲得した学生もおり、成果は上々である。
そして、2022年12月には、全学部2年生を対象とする「JISSEN Student’s Reflection Award」が初めて開催される。学生は授業や課外活動などの振り返りをもとに、成長ポイントを600文字でまとめた「活動報告書」を提出して1次審査に臨む。そこから10名程度が最終審査に進み、自ら作成したパワーポイント資料をもとにプレゼンテーションを行う。こうして最優秀賞や審査員特別賞などを決め、奨励金を支給するコンペティションだ。
また、これに合わせるように、リフレクションの考え方や実際の方法をレクチャーし、その場で言語化の練習を行う「リフレクションデイ」というオンライン講座も実施する予定だという。
「リフレクションにもとづく言語化作業は、全学的に半期に一度実施している『学修ルーブリック』の活用にもつながるものです。学生が自らの成長ポイントを文章化し、それに対して教職員がフィードバックする取り組みです。振り返りと言語化を習慣化させたいですし、学生時代に力を入れたこと、いわゆる“ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)”につながるようなエピソードを『学修ルーブリック』上に蓄積していくことで、就職活動での自己アピールなどにもつなげられるのです」(近江谷氏)
このように、実践女子大学でのキャリア形成支援は、第二期に入ったいまも、アクション総量の増加を目指す方針は変わらない。活動のチャンスを増やすことに注力し、国内外でのインターンシップをはじめ、プログラムの拡充に余念がない。2022年度に入り、3地区のボランティアセンターが合同で学内説明会を実施した際には、夏期休暇中に参加するボランティア活動を検討しようと、約130名の学生が参加したという。こうしたプログラムを企画し、学生が行動を起こすきっかけをつくることが同センターのミッション。2022年度に参加できる課外活動プログラム数を100とすると、2025年度には500程度まで増やしたいという。その一環で現在内田氏が力を入れているのは、海外インターンシップ先の開拓だ。海外での活躍を目指す学生の選択肢を増やし、海外企業への就職も視野に入れながら、その受け皿を開拓したいのだという。
「例えば、カンボジアの日系企業でのインターンシップや、タイの大学と協働で行うホテルでのインターンシップなどのプログラム開発を進めています。2022年度にはプロトタイプとして、オーストラリア、ベトナム、カンボジア、アメリカでの新たな海外インターンシッププログラムの導入も決まっており、これらには29名の学生が参加予定です。例えばアメリカでは、誰もが知る世界的企業が社員向けに実施しているリーダーシッププログラムに、学生がインターンシップとして参加するものです」(内田氏)
学生が授業を振り返り、教員がフィードバックを行う「学修ルーブリック」
2021年度の海外インターンシップの様子。海外の日系企業とオンラインでつなぎ、現地学生と英語と日本語を織り交ぜながら販売促進や商品開発の提案などを行った。
全員が「自分が行きたい進路」にたどり着ける4年間に
ここまで紹介してきたキャリア形成支援の結果、実就職率の向上に加えて、就職先の内訳にも変化が生まれているという。なお、実践女子大学には、上場企業や女子学生に人気の高い企業を中心に、「JISSEN 400」という独自に作成された主要企業リストが存在する。それらの企業への内定数は、キャリア形成支援の効果測定のための一つの指標となっているのだが、近年顕著なのは、規模の大小を問わず、IT系企業に進む学生の増加だ。かつては全体の5%前後だったが、ここ数年は学科によっては約30%に増えている。
なお、2021年度で94.0%を記録した実就職率は、最終的な数値目標として95%が設定されている。ただし、その数字を追うだけでは本末転倒になる危険性もあると内田氏は指摘する。
「人材不足の業界や企業に学生を送り込み、実就職率を上げることのみが目的なのではありません。何よりも重視しているのは、学生が入りたい企業等に入ること、「納得できる進路選択」にこそ意味があり、それが現在、私たちの目指す方向性です。それぞれの卒業生が希望した進路先で充実感をもって社会人生活を送ることができて初めて、私たちのキャリア支援が実を結んだと言えるのです」(内田氏)
近江谷氏も思いは同じだ。
「キャリア形成支援では、内定獲得に至っていない学生がいれば、応募書類の添削や模擬面接、求人の紹介まで、しっかりサポートします。決して最初から数字を追っているわけではなく、支援を求める学生一人ひとりの希望を聞いた上で、徹底的にサポートすることが最優先です。それを低学年次から積み重ねることによって、結果的に実就職率の向上や『JISSEN 400』への内定者数の向上につながっていくのだと思います。ただ、まずは大学4年間で学生が成長を実感でき、実践女子大学に入学してよかったと思える経験を積んでほしいですね」(近江谷氏)
なお、J-TASの理念は「入学前から卒業後まで」の支援だ。「何かあったときに頼ってもらえる母校」という思いのもと、卒業生支援にも尽力し、2021年度に卒業生から寄せられたキャリア相談は、2020年度の2倍以上に達したという。一方で、2021年度には卒業生メンター制度もつくられ、卒業生が在学生の就職支援にあたっている。大学4年次に「J-STAFF」として後輩の就職相談に対応していた学生が、卒業後に引き続き卒業生メンターとして相談に乗るケースもある。数年後には大規模な支援グループへの拡大が期待され、相談できる先輩が多くいることで、在学生にとっての安心感も大きくなるだろう。教員、職員、学生そして卒業生が一枚岩となった支援体制によって、今後どのような人材が社会に輩出されていくのか、実践女子大学の動向から目が離せそうにない。
学生総合支援センター キャリアサポート部の内田部長と近江谷課長補佐。学生の間では、親しみを込めて「ウッチー」「オーミー」と呼ばれることも。学生にとって心理的な距離が近い存在となっていることがうかがえる。