多様なフィールドで実践力を養い
「まなぶ」と「はたらく」をつなぐ
実践女子大学の社会連携プロジェクト
1899年に創設され、120年以上の歴史を誇る実践女子大学。主要企業への就職実績を「就職偏差値」として算出・評価するランキングで規模別のトップ*に立つなど、キャリア教育でも優れた成果を上げている。そして、このキャリア教育にさらなる飛躍をもたらす原動力として注目されているのが、2021年に立ち上げられた社会連携推進室だ。室長を務める文学部国文学科の深澤晶久教授に、「社会連携プロジェクト」を中心とするさまざまな取り組みについて伺った。
*「就職偏差値が上がった大学2021」主要企業への就職者30人以上100人未満の大学(大学通信調べ)
社会連携は、もはや“当たり前”の取り組み
実践女子大学では、キャリア教育の一環として展開する「社会連携プロジェクト」を、グローバル教育と並ぶ重点施策に掲げている。大学名にもあるように、「“実践”的な学びによって社会で通用する“実践”力を高める学生指導」が同大の強みであり、これまでに企業や自治体などと行った連携事業は200を超える。社会連携推進室では、こうした実績や価値を社会に向けて発信するとともに、個々の教員が取り組んできた連携活動をベースに、さらなる充実を図る方針だという。
社会連携推進室で室長を務める文学部国文学科の深澤晶久教授はこう語る。
「社会連携は、もはや“当たり前”の取り組みといえます。近年は多くの大学がキャリア教育に注力し、インターンシップの推奨や、地域振興などを目的とする産学もしくは産官学での連携事業が活発化しています。高校でも社会とのつながりを意識した探究型学習に取り組むケースが珍しくないほどです。とはいえ、学部学科によって深度に差があるのも確かです。経済学部や経営学部といった社会科学系の学部では、学習成果を企業との連携に生かす流れをイメージしやすい一方で、文学部のような人文科学系では実社会を意識した学びの機会が少なく、『まなぶ』と『はたらく』に距離がありました。だからこそ、学生に社会連携の意義を伝える重要性は高いと考えました」
写真=深澤晶久教授
「文学部の卒業生であっても大半が民間企業に就職し、企業からは早い段階で“戦力”になることが期待されます。また、卒業生たちも入社後の成長実感を求め、着実なキャリアアップを自分に課す傾向にあります。そうなれば大学にはこれまで以上に社会を意識した教育が求められ、社会人にふさわしい資質を養う社会連携教育の重要性が高まります。ですから、私は文学部国文学科所属ではありますが、意識としては文学部“社会連携学科”の教員でいます。授業では必ず社会連携の要素を盛り込み、学生たちには副専攻のように社会連携の取り組みにチャレンジしてほしいと考えています」(深澤教授)
企業とコラボレーションする「社会連携プロジェクト」
深澤教授がこうした取り組みをする上で注意していることが2つある。それは、社会連携ばかりがキャリア教育ではないこと、また、企業の課題解決に学生が取り組む「PBL(Project Based Learning)型」の授業だけが社会連携ではないということだ。講義型の教養科目や専門科目でも、学生が主体的に学び、社会とのつながりを意識することは可能であり、このような意識を全学的に浸透させることも社会連携推進室を設置した目的だという。どのような授業でも、その先にある社会を意識させる環境づくりを進めていると深澤教授は話す。
「日本の教育は現在もインプットが中心ですが、大切なのは自分で問いを立て、その答えを自分で考えてアウトプットすることです。企業での実務には単一の正解は存在しませんし、社会で求められるのは『正解のない課題』を考える力であり、とことん考え抜く意識が不可欠なのです。ですから大学でも、理論や基礎知識などをインプットした上で、常日頃からアウトプットする訓練が必要になります。自ら考えて行動するトレーニングの機会を徹底的に増やすことが、『まなぶ』と『はたらく』をつなげていくのです」(深澤教授)
なお、こうしたキャリア教育への注力が高まるなか、その担い手として近年注目されているのが「実務家教員」であろう。その一人であると自認する深澤教授は、自らの役割を次のように語る。
「私は企業で34年間にわたって実務に励み、2014年に本学に着任しましたが、研究者や“学者”としての基盤となる専門的な研究領域はないに等しかったわけです。では、そのような私が何を期待されているのかといえば、企業での経験を通して得た人脈を頼りに、学生たちの学びのフィールドを学外へと広げることです。企業とコラボレーションする社会連携プロジェクトをプロデュースするなど、社会を巻き込んだ教育を進めていくことが私の使命だと考え、現在に至っています」(深澤教授)
「東京2020」から世界の「SDGs」へ視野を広げる
では、実践女子大学では実際にどのような社会連携プロジェクトが展開されているのだろうか。
まず、2014年に立ち上げたのが「オリンピック・パラリンピック連携事業推進室」だ。学生は、首都圏の女子大学生が「東京2020」について話し合う「女子大生フォーラム」の企画から運営を担当。また、「東京2020オリンピック・パラリンピックで自分たちは何ができるか?」をテーマとしたアクティブラーニング型の連携授業や、過去のメダリストによる特別講演なども実施し、2021年の大会期間中には、「フィールドキャスト」や「シティキャスト」としてボランティア活動に参加した学生もいた。そして同年、「東京2020」に関わる連携事業は終了。8年間で1万人以上の学生が携わったという。
その後の社会連携プロジェクトの核を担うのは、企業のサステナビリティ活動がテーマの「実践ウェルビーイングプロジェクト」だ。SDGsは2030年をゴールに設定されているが、地球上の人々の営みは永遠に続いていくもの。2030年までの“期間限定キャンペーン”のような雰囲気で終わらせてしまってはいけないのだと深澤教授は強調する。
「2030年は、今の在学生たちが30歳前後になり、企業などで中心的な存在として活動し始める時期でもあるため、『SDGsのその先』を考えることに主眼を置いています。2021年にはSDGsに関するシンポジウムに参加したほか、11月には先進的な取り組みが顕著な丸井グループにおけるSDGsに関する取り組みを聞いた上で、他社での同様の取り組みを学生が調査・分析し、丸井グループの社員と話し合うワークショップを実施しました。こうした活動はSDGsの中身を理解するだけでなく、SDGsの17の目標を切り口に、日本社会やグローバル社会において何が進み、何が遅れているのかといった状況を把握することに意義があると同時に自分事として捉える力が身に付きます」(深澤教授)
キャリア教育を支える共通教育科目
実践女子大学では、全学対象に開講する共通教育科目においても、キャリア関連の科目が充実している。ここでは2つの科目を紹介したい。
●女性とキャリア形成
2年次後期以降から履修できるこの科目は、経済界のトップランナー6人がゲストスピーカーとして登壇。いずれも自社の事業内容に関する説明は必要最小限とし、仕事への向き合い方や、自身が新入社員のときに考えていたことを徹底的に語る。「こうあるべき」を伝えるのではなく、あくまでもそれぞれの仕事観を披露する点が特徴だ。
「学生指導の観点では、6人の“講演会”で終わらせてはいけませんので、隔週の授業で行うグループに分かれての振り返りや発表、事前準備などに特徴を持たせています。学生は、グループ内で感想を共有することで、視野の広がりを体感したり、ゲストスピーカーが学生に伝えたかったことを深く考えることに重点を置きました。加えて、授業の進行を学生に任せているので、各自が考えてアウトプットする機会にもなっています」(深澤教授)
●グローバルキャリアデザイン
3年次後期に履修できるこの科目でも、産業界から豪華な講師陣を招き、社会の第一線でのリアルを紹介。学生はグループディスカッションなどに臨み、「はたらくということ」の本質に迫る。また、「デザイン思考力アセスメント」に基づくワークショップも実施するほか、この授業オリジナルの「学修ルーブリック」という手法によって学生の成長を可視化。特に年度ごとの学生の成長度合いを数値で明らかにし、「研鑽力」「行動力」「国際的視野」「協働力」といった指標に基づく自己評価を行い、就職活動における自己分析の基礎的なデータとして役立て、実践女子大学独自のサポートシステム「J-TAS」にも生かされている。
深澤教授によれば、こうした科目でリーダーシップを発揮する学生は、所属学科でも黙々と課題をこなしていくような学生が多い印象だという。自分の興味ある分野にとことん向き合い、努力しようとする意欲があるからこそ、キャリア科目でも中心的な存在になっていくのだろう。その一人が、文学部美学美術史学科の半田梨緒さんだ。
「半田さんをはじめ、学生には大学で得たスキルを存分に実社会で発揮して『実践女子大学でよかった』と後輩に伝えていってほしいと願っています。私は『大学の価値は卒業生が決める』と考えており、卒業生には後輩のロールモデルとなり、大学を支える存在になってほしい。そのためにも、実り多き大学生活を過ごしてほしいのです」(深澤教授)
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【社会連携プロジェクト参加学生の声】
文学部美学美術史学科 2年
半田 梨緒さん
中学生のころから美術館が好きだった私は、日本の近代美術を勉強したい一心で実践女子大学に入学しました。消極的に過ごした高校時代の反省から、大学では積極的にチャレンジしようと決めていました。ただ、自分の「好き」を優先させて入学したものの、1年次の早い段階で学芸員をはじめ美術関係への就職が狭き門であることを知り、将来に向けた漠然とした不安が生まれました。そこで、2年次の前期にキャリア教育科目の一つである「国際理解とキャリア形成」を履修。深澤先生のご指導のもと、グループでスポーツ新聞の紙面づくりに挑みました。そして、この授業で活発に発言する同期学生から刺激を受けた反面、私自身は何もできなかったと痛感し、後期の「女性とキャリア形成」で再度奮起しました。積極的に発言することが楽しく感じられるようになり、授業を受けて終わりではなく、その成果を基にさらに挑戦しようという意欲が高まりました。2年次の後期には「実践ウェルビーイングプロジェクト」にも参加しました。このプロジェクトで実感したのは、「とにかくやってみる」という行動そのものの価値、興味があるなら迷わず一歩を踏み出してみる大切さです。グループワークでは、最初は恥ずかしさや周囲を気にする感覚もありましたが、自分が積極的に行動することで周りも変わっていく印象を受けました。この経験から、行動力は人を惹きつけ、周囲を動かす力でもあるのだと実感し、自信にもつながりました。私は社会連携プロジェクトを知らずに入学しましたが、自ら行動を起こしたことで、実践女子大学に入学して本当によかったと思えています。
社会を知り、自分らしい生き方、働き方を模索してほしい
社会連携プロジェクトなどを通して学生時代の成果を精緻化していけば、就職活動でのアピール材料にもなるだろう。ただし、就職活動は一部上場の大手有名企業から内定を得ることだけを追求するものではない。学生の価値観も、社会で活躍する方法も多様化が進む現代においては、就職活動は本人の志向とのマッチングこそが重要なのだと深澤教授は指摘する。
「終身雇用が当たり前の時代ではないものの、長く働きたいと思える環境づくりなど、企業側が果たすべき努力要素もあると考えます。これからも人材の流動化は進むと思いますが、全てがジョブ型雇用で成り立つほど、日本企業の人材育成に対する取り組みは成熟していないと感じているからです。そして学生には、5年後10年後に何がしたいかというフィクションの夢物語を膨らませるよりも、その会社に入ってまず何がしたいかを考えてほしいと思います。それにつながる大学での経験をノンフィクションとして語ることが大切なのです。自分は何が好きで何が得意であり、その会社でどう生かせるのか。そんな自分の方向性に気づくチャンスになるのが、グループワークなどでの活発な対話であり、社会連携プロジェクトでの社会人との対話なのだと思います。社会を知れば、『女性の活躍』や『女性の社会進出』といった言い回し自体がもはや時代遅れであることにも気がつくはずです。変わりゆく社会での多様な生き方、働き方を知り、自分らしいキャリア形成について考えていってほしいと願っています。実践女子大学の学生のポテンシャルは高いですよ」(深澤教授)
深澤 晶久教授 プロフィール
実践女子大学 文学部国文学科教授、学長補佐、社会連携推進室室長
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、株式会社資生堂に入社。営業、商品開発、マーケティング部門、労働組合中央執行委員長などを経て、人事部で人材育成の担当となる。人事部人材開発室長やキャリアデザインセンター長として、資生堂グループの人材育成を務めた。2014年に実践女子大学に着任、キャリア関連科目全般を担当している。
実践女子大学 社会連携プロジェクト
https://socialcooperation.jissen.ac.jp/