イノベーション創出と優れた「人材育成力」で、日本の工学教育をリードする~工学院大学先進工学部10年の歴史─工学院大学

ユニヴプレス 取材:井沢秀(大学通信取締役)
イノベーション創出と優れた「人材育成力」で、日本の工学教育をリードする~工学院大学先進工学部10年の歴史─工学院大学

イノベーション創出と優れた「人材育成力」で、日本の工学教育をリードする~工学院大学先進工学部10年の歴史─工学院大学
左:工学院大学 学長
今村 保忠先生
理学博士。国内外での研究活動を経て2006年に工学院大学に着任。工学部応用化学科および先進工学部生命化学科で教鞭を執り、副学長、先進工学部長、理事を歴任。2024年に現職に就任。
右:工学院大学 先進工学部 学部長
大倉 利典先生
工学博士。専門は無機材料化学。2002年に工学院大学に着任し、工学部マテリアル化学科准教授、環境エネルギー化学科教授を経て、先進工学部応用化学科教授。2024年に現職に就任。

創立138年の歴史を誇る工学院大学は、学問と産業界をつなぐ技術者・研究者の育成を目的に設立された工手学校を前身とし、今日まで日本の工学教育をリードし続けており理工系私立大学の草分けとして知られています。2015年には、複雑化する社会課題の解決とイノベーションの創出に対応するため「先進工学部」を新設しています。今回は同学部における10年間の歩みを振り返りつつ、未来に向けた教育と研究の展望についてお話をうかがいました。

実直で誠実な人材を育む、工学院大学の校風とは

──工科系大学というと研究や技術が注目されがちですが、工学院大学は「人材育成力」に定評があります。例えば有名企業400社への就職実績では私大工科系トップ3に入るなど、企業からの高い評価と期待が感じられました。教育や人材育成の面で、特に大切にしていることは何でしょうか。

今村学長:これまでも本学OBや企業の方と会う機会があると、工学院大学の学生にどんな印象を持っているか聞いてきました。すると多くの方が「実直で誠実だ」と答えてくださるのです。学生は毎年入れ替わっているにもかかわらず、長年こうした評価をいただけるのは、本学の教育に特徴があるのではないでしょうか。私なりに考えてみましたが、これは教職員の姿勢が影響しているのではないか、と思います。

日々、教員や研究者が真摯に研究へ向き合う姿を学生が目の当たりにする。その姿勢が自然と学生にも受け継がれ、学問や研究に対して同じように誠実に向き合うようになる。これは特別な教育システムの成果というより、教職員の真摯な姿勢が教育を通じて体現されてきた結果だと感じています。それが本学の「伝統」や「校風」と言えるのかもしれませんね。

──2015年には先進工学部が設立されて、今年で10周年を迎えました。あらためて設立の経緯や狙いについて教えてください。

今村学長:当初は工学部一学部から始まった本学ですが、時代の流れとともに専門分野が高度化し、情報学部、建築学部を設立して専門的な学びを広げてきました。しかし現代の社会課題は複雑化しており、ひとつの専門分野だけでは解決しきれなくなっています。これからは複数の分野で連携し、専門性を融合しながら解決案を出す時代になってきたと私たちは考えました。

そこで先進工学部設立の2年ほど前から、学内では「イノベーション創出を目的にした新学部を展開すべきではないか」「イノベーションとは何か」と長く議論を重ねてきたのです。その結果、イノベーションを「モノ、技術、専門分野などを結合して新しい基軸を作り、活用法を見つけること」と定義し、その実現に向けて先進工学部を設立しました。ここは「生命化学科」「応用化学科」「環境化学科」「応用物理学科」「機械理工学科」の5学科で構成され、分野横断的な幅広い学びを通じて、イノベーションで社会課題の突破口を切り開くことを目指しています。

イノベーション創出と優れた「人材育成力」で、日本の工学教育をリードする~工学院大学先進工学部10年の歴史─工学院大学

──先進工学部の教育理念や、教育の特色について教えてください。

大倉先生:先進工学部は「Advanced Engineering」と英語で表記される通り、一歩先を行く技術を生み出すための基礎研究を重視しています。持続可能な社会づくりに貢献できる技術者・研究者を育成することが大きな使命です。実験や研究を中心としたカリキュラムを編成し、研究志向型の学生を伸ばす環境を整えています。

また設立当初から大学院進学を重視しており、通常の4年制に加えて、大学院進学を前提とした6年一貫の教育プログラムを設定している点も特徴です。

──具体的には、どのようなプログラムが用意されているのでしょうか?

大倉先生:学生ひとりひとりの進路に合わせて、2つのコースを設けています。1つは4年制の「学科教育重視型(技術者・教職者育成プログラム)」です。1年次は学部共通のプログラムで自然科学の基礎を固め、2年次以降は各学科で専門性を深めながら、高度な科学技術を身に着けます。卒業後は教職や技術者として活躍する人材を育てますが、大学院へ進学する学生も多くいます。

もう1つは2020年に新設された、6年一貫教育の「大学院接続型コース(研究者・開発者育成プログラム)」です。1年次は主軸の分野と全5学科の境界領域を横断的に学習し、幅広い視野と複眼的な思考能力を養います。また早期から研究室への配属を行い、高度な研究実践力を身につけてリーダーシップを発揮できる人材を育成します。入学直後から大学院修了を見据えて、将来の目標に合った履修プログラムをいろいろ用意しています。またどちらのコースでも、グローバルな視野を養ってもらえる独自の留学プログラムに参加できます。

──独自の留学プログラムとは、どのようなものですか?

大倉先生:ハイブリッド留学Ⓡといって、本学が独自に開発した留学プログラムです。一般的な留学制度は、学生にとってさまざまな負担があります。ある程度の英語力が必要ですし、渡航費のほかに留学先の授業料を工面したり、留学期間によっては大学を休学したり、卒業や就職を遅らせることもあります。ハイブリッド留学はこれらのハードルを下げ、「まず海外に行く」ことを最優先としています。そのため、一定の単位数を取得していれば英語力は問いません。また本学の教員が現地に行って日本語で授業を行うので、学業の遅れも生じません。授業以外は英語の生活環境に身を置くので、語学力の向上や異文化への理解促進も実現するという、まさにハイブリッドな留学制度なのです。しかも留学先の授業料が不要、というのも大きな特徴だと思います。留学のハードルを少しでも下げることで、多くの学生に海外へと目を向けてもらい、視野を広げてほしいですね。

また1年間を4期に分けたクォーター制の導入により、短い学習サイクルで理解を深めつつ、海外大学の入学制度にも柔軟に対応できる体制を整えました。

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パイロット養成に産学連携。夢と可能性を広げる、先進工学部の取り組み

──先進工学部の設立から10年の歩みのなかで、印象的な変化はありましたか?

今村学長:2019年に機械理工学科に「航空理工学専攻」を新設しました。機械工学を学びながらパイロット資格の取得を目指すコースで、今春3期目の卒業生が日本航空(JAL)のパイロット訓練候補生として入社しました。世界的に航空需要が高まる中で、パイロットもエンジニアも不足しています。機械工学科のカリキュラムで技術者としての学びを深めつつ、例えばアメリカの航空学校でパイロットとして飛行操縦訓練を行うことも可能なのです。「エンジニアにもパイロットにもなれる」。これは夢や可能性に満ちた、先進工学部らしいユニークな試みだと思います。

大倉先生:そうですね。JALと連携した「エアラインパイロット指定校推薦コース」、国内のみで訓練を行う「国内ライセンサーコース」など、多彩な訓練コースを用意しており、費用や語学力の面でも独自に支援を行っています。

その他には専門性を深める学生が増えており、大学院の進学率が向上しています。学部全体で4割、応用物理学科では半分以上が進学している状況です。また学生の女性比率も上がっていて、大学院で学ぶ女子学生も増えました。さらに留学生も増えており、キャンパス内で多様な視点や文化に触れられるようになったと思います。

──先進工学部ではどのような研究や産学連携が進められているのでしょうか。

大倉先生:本学では学生の研究と成長を支援するにあたって、大学内外でのつながりを重視しています。毎年開催している「コロキウム(Colloquium)」というイベントでは、各研究室の活動内容を紹介するほか、学内外の研究者による講演を通じて学生にキャリア形成を考える機会を提供しています。

また「先進工学部イノベーションフォーラム(IFAEE)」では学生が日ごろの研究成果を発表し、それをきっかけに企業や自治体との共同研究が始まることもあります。なかには国際学会に挑戦して賞を受ける学生が出てきたりと、頼もしい活躍が見られるようになりました。

教員も積極的に研究活動を展開しており、本学教員2名の研究がJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の「さきがけ」(戦略的創造研究推進事業)に採択されました。

今村学長:自治体との連携も進んでいます。2024年11月には平塚市と協定を結び、下水処理場の焼却灰からリンを回収し、海に肥料として散布する研究を進めています。漁業協同組合と協力し、循環型社会の実現を目指す取り組みです。

また、ベトナムではバイオマスを利用したエビ養殖の実証実験が進行中です。廃棄されるレモングラスの残渣をメタン発酵して発電に利用し、その電力で養殖池の水質をIoTで管理する。さらに養殖池で生じた汚泥もメタン発酵に循環して利用する。これは「バイオマス発電」と「IoT制御のエビ養殖」を組み合わせた世界初の試みです。どちらもさまざまな技術を融合した、先進工学部らしい研究だと思います。

──研究活動が、国内外で成果を上げているのですね。今後の教育と研究について、展望をお聞かせください。

今村学長:既存技術の新たな組み合わせによる研究だけでなく、新しい原理や応用を切り拓く基礎研究も重要です。本学にはそのような研究に取り組む先生方が大倉先生以外にも数多く在籍していますので、これからもイノベーションを生む研究を推進していきたいと思います。

また教育面では研究フィールドのグローバル化にともない、将来的にはグローバルな人材育成にも貢献したいと思います。例えば先述のベトナムのプロジェクトで関わった現地学生を大学院に受け入れ、学んだ技術を母国でさらに発展させるなど、工学院大学がアジア地域の研究・人材育成のハブとなる未来を描いています。特に先進工学部は新しい取り組みやチャレンジの急先鋒となるべく、さまざまな可能性を追求してほしいですね。

大倉先生:先進工学部は「分野の融合」を理念に掲げていますが、私見として今後はAIと科学の融合がカギになると思います。AIを活用することで研究開発の効率化だけでなく、未解明の問題や現象に対して新しい示唆が得られるのではないか、と期待しています。

また、アントレプレナーシップ教育の重要性も増しています。イノベーションを社会に生み出せる人材を育成するために、教育面でも支援体制を強化していきたいと考えています。