社会的な健康増進志向やスポーツへの関心の高まりを受けて、関連分野の知識を学べる学部・学科が増え始めている。以前から野球や陸上競技などスポーツが盛んなことでも知られる亜細亜大学では、2026年4月に「健康スポーツ科学部」を開設予定(設置認可申請中)だ。学部開設の狙いや詳細な学びの内容、卒業後のキャリアについて長浜尚史先生(2026年4月学部長就任予定)にお話をうかがった。
高まる健康意識、そして急速なデータテクノロジーの発展
ー健康スポーツ科学部を新たに開設した背景について教えてください。
長浜:本学部をつくった背景には、近年の日本社会における2つの大きな流れが関係しています。ひとつはウェルビーイングに対する社会的な関心の高まりです。高齢化社会が進むにつれて、人はただ長生きするのではなくQOL(生活の質)向上や健康寿命の延伸を望むようになりました。他にも「社会的な地位や収入、または暮らしている地域によって健康格差が生じているのではないか」という社会課題も、近年広く認識されています。スポーツ・健康とウェルビーイングのあり方が非常に重要視される時代になってきたのです。
そして大谷翔平選手の人気からもわかるように競技スポーツへの社会的な関心も高まっています。最近はデジタルネイティブ世代の期待に応えるようにスポーツ観戦時にさまざまな関連データが表示されるので、応援するだけでなく観る・分析するなど、多様なスポーツの楽しみ方が認知されるようになってきたと思います。
写真=亜細亜大学 健康スポーツ科学部設置準備委員会副委員長 長浜 尚史先生
ー確かに健康とスポーツに関する情報はニュースやSNSなどで頻繁に目にしますし、社会的な関心の高さがうかがえます。もうひとつの大きな流れとは何でしょうか?
長浜:それは、理系人材に対するニーズの高まりです。先ほどスポーツとデータの話をしましたが、昨今教育やスポーツの場ではICT技術が広く活用されています。野球なら打球速度や打率、サッカーならボール支配率やセーブ率など、関連するさまざまなデータが瞬時に表示されますよね。試合を比較・分析したり、選手をスカウトしたり、トレーニングに役立てたりと、データはさまざまな局面で活用されています。しかしこれらの膨大なデータを有効に活用するためには、「情報工学」に通じた人材が不可欠です。またそのような理系人材の育成を、国や文部科学省等も積極的に支援しています。
こうした社会ニーズに鑑みて、本学の健康スポーツ科学部では最先端のスポーツ科学、健康科学に加えて、情報工学の3つの学問分野をしっかり学ぶことが大きな特長です。
スポーツ・健康分野を大学で学んで研究する場所は、少し前の日本では体育学部や教育学部しかありませんでした。データテクノロジーが劇的に進化した現代、この分野は従来の枠を超えた学びの場が必要とされているのです。
ースポーツ科学、健康科学、情報工学の3分野となると、学問としてはかなり理系寄りになりますね。
長浜:そうですね。スポーツ・健康分野は文理の要素が融合した、かなり学際的な学問です。スポーツマーケティングやスポーツビジネスなど内容として文系寄りの科目も存在しますが、これらも現代はデータテクノロジーの上に成り立っています。この学部では、授業内容の文系・理系を問わずICTを活用して教育と研究を行っていきます。理系に寄せた学びが多くなるので、高校時代に数学や理科を勉強していた人はアドバンテージがあると思います。しかしこれを読んでいただく受験生の方は、おそらく文系の人のほうが多いのではないでしょうか。もしかすると「スポーツや健康に興味はあるけど、数学は苦手だな」という人もいらっしゃるかもしれません(笑)。
ー興味があっても、文系の学生はついていけるか不安になるかもしれません。
長浜:そんな不安を払しょくして、文系の学生でもスムーズに専門分野の学びにつなげられるように、大学としても最大限のサポートを提供します。その取り組みの一環が充実した入学前教育です。入学予定者全員が対象で、年内入試で入学を決めた方は最大で3か月にわたって入学前教育を受けられます。一般入試で入学を決めた方も期間は短くなりますが、同じような教育を受けることとなります。数学は苦手だという人には、何が苦手で先に進めないのか、間違えたパターンを解析して1つ前の段階に戻って学び直すなど、AIを活用して手厚く入学前教育を行うので安心してください。さらに入学後も個人差は出てくると思うので、並行して補習授業を行い、苦手分野はきめ細かくフォローしていきます。
また基本の学びを積み上げて上位科目や演習系につなげていけるよう、理数系が苦手な人にも対応できるカリキュラムを用意しました。「大谷選手のボールは、なんであんなに飛ぶんだろう?」そんなアプローチだったら、物理にも全く違った面白さがあると思いませんか? 「理数系は苦手だけど、スポーツが好きだからちょっとだけ頑張ってみようかな」と思えるような仕組みや仕掛けをたくさん準備したので、ぜひ楽しみに入学してください。
従来のスポーツ科学と健康科学に「情報工学」を融合する
ー具体的な学びの内容について教えてください。情報工学を必須として、スポーツ・健康分野ではどのような専門性を養っていくのでしょうか。
長浜:「スポーツパフォーマンス領域」「ヘルスプロモーション領域」「スポーツキャリアデザイン領域」という3領域の学びを用意しました。これらは学科やコース制ではなく、将来進みたい方向性と自身の興味関心でバランスよく選択できるようになっています。
ーこの3領域を用意した背景について教えてください。
長浜:われわれはスポーツと健康の分野でDXを進めることで、よりよい社会を実現したいと考えています。将来のキャリアを見据えながらスポーツと健康を幅広く学び、それぞれの専門分野で活躍してもらえたらと思います。
スポーツパフォーマンス領域では、データの解析と解釈、そしてどう活用していくかが学びの中心になります。たとえば試合の戦術や傾向をデータ分析したり、中学高校の体育や運動部で指導したりと、現場では非常に役立つと思います。また「課題を見つける→解決のための仮説を立てる→データを取って分析する」という一連の訓練を繰り返し行うため、幅広い業界で通用する課題発見力、データ分析力が養われます。
ヘルスプロモーション領域では、人々の健康増進を実現していくためにどのようにDXを活用するかを学びます。いまは睡眠データ、活動量、脈拍、血圧など個人のパーソナルデータを日常的に蓄積できるようになりました。病気にならないためにどう日常生活を改善していくのか、それを考えるうえで健康データは大変重要です。予防医学的な学びが中心になりますが、それを分析・把握するためのアプリ開発なども情報工学の授業で扱っていきます。
スポーツキャリアデザイン領域は、マーケティングなど少し経済学や経営学の要素が入ってきます。たとえばスポーツクラブの顧客管理や集客方法を検討する際、会員情報を分析して、集客のためにどんなアクションが必要かを考える。競技の大会やイベントであれば、いかにファンの期待を集めてエンゲージメントを高めるかを考える。経済学・経営学の要素は強いものの、いまはICTやデータテクノロジーの知見なしでは成り立たない分野です。情報工学と両軸で学ぶことで、時代に合った実践的なスキルを身につけられると思います。
ー授業科目に目を向けると、eスポーツやARスポーツなど他大学では見かけないめずらしいスポーツの授業もあるんですね。
長浜:はい、これらは全員に体験してもらいます。オルタナティブスポーツはいろんな種類がありますが、スポーツのあり方にも多様性があっていいし、そういう意味ではeスポーツもARスポーツも普通のスポーツの延長線上にあるんです。年齢・性別・障がいの有無にかかわらず楽しめるユニバーサルスポーツも、ボッチャやブラインドサッカー、車椅子スポーツなどを全員に体験してもらいます。これらは指導できる人も少ないですし、体験して初めてわかる楽しさや難しさもあります。大学でこれほどの多彩な種目を体験できるところは少ないと思いますよ。
2027年には、武蔵野キャンパス内に健康スポーツ科学部の実験実習棟が完成予定です。実験室のほかにトレーニング室やクライミングウォールも備わる充実した環境で、新しい学びを体験してください。
ー健康スポーツ科学部の4年間で身につく力、そして卒業後の進路についてどのようなビジョンをお持ちでしょうか?
長浜:まず学部の根幹となる学びについて、ひとつは健康およびスポーツと社会との関わりを客観的に、そして柔軟に考えて判断できる力。もうひとつは、データを含めてデジタル技術を活用する能力。これらは4年間の学習でしっかり身につきます。また少人数制の演習やゼミ形式で学ぶ機会も多いので、協調性やコミュニケーション能力、そして他者と協働する力も伸ばせるように思います。
また本学は非常に教養教育が充実していて、科目も多岐にわたっています。物事を多角的に見ることができる広い視野を養い、多様性への理解を深めるとともに、豊富な留学制度を活用して語学力を伸ばしたりと、自分の可能性をどんどん広げていける環境が整っているのも亜細亜大学らしい特色ではないでしょうか。専門知識と深い教養を備え、データテクノロジーにも明るい人材となれば、一般企業に就職しても十分通用すると思います。
卒業後の進路については、もちろん全員がスポーツ産業に就職したりプロアスリートの道に進む必要はありません。とはいえ教員やトレーナーなど健康・スポーツ分野に進む人もいるので、進路に合った資格取得が可能なカリキュラムを用意しました。教員免許も本学では初めて保健体育の取得が可能になります。教育現場以外の指導者であれば、健康運動指導士、日本スポーツ協会や日本パラスポーツ協会の公認指導者など、いろんな資格取得に向けて準備を進めています。
亜細亜大学初、「女性枠」新設の狙い
ー最後に入試関係についてお話をうかがいます。新しい学部にはどのような人におすすめですか?
長浜:まず、この学部はアスリートを養成する学部にはしないつもりです。もちろんアスリートである学生が、入学して自分をさらに高めるためにスポーツ科学を学びたいというのは全く問題ありません。ただそういう学生を集めるための学部ではなく、どちらかというとアスリートをささえるために分析したり、新しいトレーニングを提案したりできるようなスキルや知識を与える場所にしたいんです。そういう意味では得意・不得意ではなくスポーツが好きな人が向いていると思います。たとえサッカーボールを上手く蹴れなくても、分析に長けていてすごく詳しい人とか、何かの競技にマニアックに精通している人に入ってきてほしいです。
ほかにもダンスなんかも頑張っている人は本学の学びを通して研究してみるのも面白いかもしれません。新しい実験実習棟には人の複雑な動きを分析できる機材や設備が入るので、さまざまな種目に経験や興味を持っている人にもどんどん入ってきてほしいですね。
ー新学部の入試情報について、すでに決まっていることはあるのでしょうか?
長浜:総合型選抜入試において、亜細亜大学で初めて「女性枠」を用意しました。これは冒頭で申し上げた理系人材の育成するという狙いとともに、理系のなかでも圧倒的に少ない女性を増やしていきたいという思いで新たに設定したものです。もちろん、この学部では多様な背景を持った学生同士が学び合える環境にしたいため、文系コースの女性の受験も歓迎します。また理系寄りの学びにはなりますが、一般選抜で実施する「一般入試(学科別)」では、数学は選択科目のひとつなので数学なしで受験することも可能です。入学前教育を手厚く行いますので、そこは心配せず受験していただければと思います。
もうひとつは、高大連携の取り組みを進めていて、スポーツ科学副専攻の科目を公開し、連携校の一部と教育連携を行っています。本学の教員が高校で教えたり、新しい実験実習棟が完成したら高校生にこちらのキャンパスでも学んでほしいと思っています。そのやり取りを通して興味を持った学生は継続的に学んでいってもらいたいので、こちらでも連携事業を経た受験生向けに一定枠を用意しています。学びたいことが定まってから受験を決めるのでミスマッチがないですし、高校・大学とシームレスに学んでいけば7年間継続した教育も可能です。
スポーツができなくても見るのが好き、分析するのが好き、スポーツをやる友達をささえたいなどなど、興味を持つきっかけは何でもいいと思います。ぜひ本学部で健康・スポーツをデータという新たな切り口で深堀りしてみてほしいですね。
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PROFILE:井沢 秀(いざわ しげる)
大学通信 情報調査・編集部部長。1964年神奈川県生まれ。明治大学卒業後、大学通信入社。全国紙~経済誌まで大学や教育に関する記事を多く執筆、精力的に発信を続けている。