日本女子大学 定行まり子先生に聞く!
「建築士になるために知っておいて欲しいこと」
写真提供=日本女子大学
快適で住みやすい住居や、多くの人たちが利用する公共施設などの建築に関わるのが建築士です。建築士は人々の暮らしを支える大切な資格であり、設計図をつくるだけが仕事ではありません。今回は、日本女子大学の定行先生に、建築士とはどのような仕事を担うのか、また、どのような人が建築士に向いているのかなどを伺いました。
建築士のおもな仕事内容は?
私たちが暮らす家やマンション、学校や駅をはじめとした公共の建物などは、丈夫で安全であることが求められます。人々の命に関わり、またそれ自体が大きな財産にもなる建築物をつくる建築士は非常に重い責任を背負っていて、だからこそ国家資格となっています。
建築士のおもな仕事は2つです。まずはみなさんもイメージしやすい「設計図(設計図書)の作成」です。そしてもう1つが自分の設計した通りにきちんと建物が建てられているか、工事の段階に応じてチェックし完成まで責任をもって監督する「工事監理」です。実は工事監理の仕事がとても重要で、これを怠ると手抜き工事が行われて、安全性に問題が生じるおそれがあります。実際に、工事監理をきちんと行わず資格を剥奪される事件も起こっています。人々の命と生活を預かる建築士は、技術があることはもちろん、信頼されるに足る人物であることが大切です。生活者、利用者がその建物で過ごす様子をイメージすることが求められます。
建築設計やリフォーム以外では、建築会社の現場監督や都市開発などのコンサルタント、自治体の建築技術職としての仕事や、歴史的建造物や文化財の保存法、建材研究、などがあります。特に自治体はまちづくりをふくめた建物づくりがとても重要なため、図面を理解できる技術者は重宝されます。
扱う規模と構造体によって、一級、二級、木造の3種類の資格がある
建築士の資格には一級建築士、二級建築士、木造建築士の3種類があります。資格の種類によって扱える建物の構造と規模が決まっています。例えば木造建築士が建築できるのは木造の2階建の建物までです。2級建築士は木造のほかコンクリートや鉄骨の建物も造ることができますが、建てられる規模が定められています。一方一級建築士であれば、すべての規模と構造体の建物を造ることができます(以下の表参照)。
建築技術教育普及センターの表を参照に
2020年に建築士法が改正され、通常は、建築学を学べる4年制の大学を卒業すると、一級の受験資格が得られるようになりました。それ以前は一級建築士の試験を受けるには2年間の実務を経る必要があったのですが改正後は実務経験なしでも試験を受けることができるようになりました。尚、資格取得(登録)には試験合格とその前後の実務経験が2年以上であることが必要です。二級については、すでに実務経験が不要でしたので、試験に合格すれば資格を取得できます。先の表のように一級の資格を取れば全ての建築物が網羅できるので、建築士資格取得を目指す学生は、皆さん一級の取得を目指します。また、二級資格をもっていれば住宅メーカーへの就職に有利なうえ一般住宅なら十分設計できるので、大学卒業後にすぐに一級、二級の試験を受ける人が増えています。
一級の合格率は10%前後、二級は25%ほどで簡単ではありませんが、本校の学生のようすをみていると、「建築士になりたい」という強い意志を持っている学生であれば二級はほぼ全員が、また卒業後の実務経験を経て、高い確率で一級建築士の資格も取得していますので、本人の意思が最も重要だと感じます。
建築士には理系の知識や粘り強さが求められる
建築学は工学が基礎となりますので、数学や物理の知識は必要ですが、建築に必要な数学・物理を学ぶ姿勢があれば入学後でも十分に力がつきます。それに加えて大事なのが粘り強さです。設計図面を1つ描き上げることは簡単なことではなく、根気がいる作業です。
また、設計図はものづくりの言語のようなものなので、国際化する社会に対応していくには、建物の情報を伝える技術が必須です。本校では1年次から設計図の作製に取り組み、建築図面の基礎を丁寧に学びます。2年次からはコンピュータを用いた設計を学びます。面白いもので、100人いれば100通りの設計案ができあがります。なかなか独創的なアイデアが出ないと悩む学生もいますが、建築士の多くは建物の発注者(施主さん)の希望をくんで、快適な建物をつくることが求められます。公共の利益を考えながら、施主さんの声にきちんと耳を傾けて適切な設計図をひき、信頼を得ることが重要です。
数多くの女性建築士を輩出してきた日本女子大学
本校は1948年に「家政学部生活芸術科」を設置、1962年に「家政学部住居学科」と学科名を変更し、住居・建築の知識を身につけた5000人以上の卒業生を送り出し、著名な女性建築士を多数輩出してきました。第一期生で、女性建築家の草分けの林雅子氏、現在、世界的に活躍している妹島和世氏などがいます。
多くの工学部系の大学では、建物の安全性や構造学的視点から建築学を学びますが、工学と家政学の両面を持っているため、一人ひとりの「生活」や「暮らし」に根ざした視点で建築を学ぶことを大切にしています。現在、家族のあり方は非常に多様化していて、一人暮らし、シングルマザー、高齢者や障がいのある家族がいるなど、建物に求められる機能も複雑化しています。生活者一人ひとりの幸せをどうしたら実現できるか、家、学校、職場、ひいては街全体、コミュニティのあり方まで視野を広く持って考えないといけません。一人ひとりが生活の実感をちゃんともって建築や都市に向き合う、それが創設以来この学科が大切にしてきている想いです。
今でこそ女性の建築士は3割ほどになりましたが、学科の設置当時はほとんどいませんでした。それでも、特に住まいの設計で業界から高い評価を受けてきたのは、長い歴史と卒業生たちのたゆまぬ努力のおかげだと思っています。
2024年度から建築デザイン学部(仮称)を新設
「家政学部住居学科」は2024年4月から独立し「建築デザイン学部建築デザイン学科」となる予定です。これは業界的に女性に任せられる仕事の幅がとても広がってきたこと、国際的な視野を養って世界でもっと活躍できる学生を育てたいという背景からです。住居学科のカリキュラムに加え、建築英語の授業など、卒業後に世界を視野に入れられる分野を強化します。
また、近年、脱炭素に関する理解が重要視されてきていますので、「建築設備士」の資格を目指す学生も増えると考えています。「建築設備士」は空調・換気、給排水衛生、電気など、建築設備全般にまつわる技術や知識をもち、建築士に助言ができる資格者です。
ちなみによく聞かれるのですが、本学では資格試験取得のためのサポートは行いません。その代わり「資格を取りたい」と学生が本気で思えば、試験に合格できるだけのカリキュラムを組んでいます。多くの学生に一級建築士にチャレンジしてほしいと考えており、その成果は、令和3年度に一級建築士を取得した卒業生は24名だったことに現れていると思います。
高校生のうちは好奇心を育てて欲しい
建築の仕事は総合的なので、高校までの勉強はどの科目も満遍なく取り組んでください。単に理工系が好きというだけでなく、手を動かしたものづくりが好き、という人に向いていると思います。また、いろいろなことに幅広く関心を持って、日常的に想像力を磨いてください。「この街やこの建物にどんな人たちが暮らしているのか」などを想像しながら街歩きをしたり、美術館巡りをしたりすると、よい刺激になります。
女子大とはいえ、本校には元気な学生が多いです。他人の目を気にすることなく、のびのびと個性を伸ばすことができます、また、教員は学生一人ひとりの発想を大切に育てますので、新しいものを生み出す楽しさを、ぜひここで味わってください。
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<お話を伺った先生>
定行まり子先生 さだゆき まりこ
日本女子大学家政学部教授
東京建築士会理事・副会長
工学博士、一級建築士。専門は幼児や子どもの保育や生活空間について。著書に『生活と住居』(光生館)、『保育環境のデザイン -子どもの最善の利益のための環境構成』(全国社会福祉協議会)、編集委員長『住まいの百科事典』(丸善出版)などがある。