2026年度入試において、三田国際科学学園(東京都世田谷区)は東京大学に5名が合格した(前年比4名増)。早慶の「年内入試」(総合型・学校推薦型選抜)では合わせて26名が名を連ねた。だが同校はこの数字を、「受験指導の成果」とは受け取っていない。教員たちが語るのは、「学ぶことが好きな人間を育てようとしてきた結果、こうなった」というシンプルな事実だ。その背景にある教育哲学を、学校の言葉とともに探った。
「補習や講習を期待して入学してくると、ミスマッチになる」─問いから始まる授業の設計
「受験生の保護者からいまも『補習はありますか?』『特訓授業はないんですか?』とお問い合わせをいただきます」と副校長の今井誠先生は語る。だが同校が大切にするのは、そうした知識を教える従来型の学習よりも、生徒自身が主体的に学びに向かう力を育てることだ。補習・講習に頼る学習スタイルを期待して入学すると、学校の文化とミスマッチになりかねない。その代わりに置かれているのが、「問い→仮説→調査実験→分析考察→表現→新たな問い」というサイクルを軸とした探究型の授業だ。
一般的な授業では「知識を伝え、応用させ、考えさせる」という順番が多い。だが三田国際科学学園では順序が逆転している。「考えること」から始まり、分からないことが出てきたとき、生徒は自分で知識を取りに行く。担当教員が大切にするのは「自律した学習者を育てること」だという。
進路部長の市川恵也先生が担当する政治経済の授業を例に取ると、最初は時事問題を生徒に投げかけることから始まる。「生徒同士がフィードバックし合い、議論が深まったところで、より大きな問いへと移ります」と市川先生は言う。時には政党本部を直接訪ねて政治家から話を聞くこともある。意気揚々と質問をぶつけると、あっさり答えられてしまう。「自分の問いの質が低かったのだ」と生徒は気づく。「もっと勉強しなければ」という内発的な動機が芽生える瞬間だ。
教員のスタンスも、この授業形態を採用したことで変化した。生徒の思考が深まるにつれ、時に生徒の考えの方が先に進んでいることもある。そのため同校の教員たちはファシリテーターとして思考を高める対話の質を磨き続け、生徒を「共に学ぶ仲間」として捉えることを大切にしている。
「井の中の蛙」から世界へ─外に出ることで気づく自分の力
MSTC(メディカルサイエンステクノロジークラス&コース)では、高校2年次にシンガポールに行く海外研修が組み込まれている。訪れる先はアジア最大規模の中高生研究発表イベント「Global Link Singapore」。生徒たちは英語で口頭およびポスターセッション形式の研究発表を行い、世界各国の学生や研究者から直接評価を受ける。
この経験が生徒にもたらすのは、単なる「英語力の向上」ではない。「評価されることへの恐れがなくなる」と教員は表現する。校内という井の中に留まらず、外の世界で自分を試す。その繰り返しが自己認識を変えていく。
こうした経験はMSTCに限らない。ISC(インターナショナルサイエンスクラス&コース)やIC(インターナショナルクラス&コース)でも海外研修が設けられているほか、生徒自ら外部の学会や大会へ積極的に参加し、思わぬ出会いが世界を広げることもある。たとえば、クワガタの研究を続けていた女子生徒が学会で発表したところ、ベルギーの国立昆虫研究所の研究者から論文の共同執筆を打診された。ちょっとしたきっかけが世界への扉を開く─そういった事例が同校には積み重なっている。
大学進学後に気づくことも多い。「自分がこれまでやってきたことが、大学での学びに直結している」と感じる生徒が少なくないという。探究を通じて身につけた問いの立て方や論理的な思考、英語でのプレゼンテーション力が、大学という新たなステージで自然と活きてくる。外に出て初めて、学校で積み重ねてきたものの価値に気づく。

アジア最大規模の中高生研究発表イベント「Global Link Singapore」
「ハブ空港」としての学校─得意を見つけ、個性を受け入れる土壌
ある生徒が自分たちの学校を表現した言葉が「ハブ空港」だ。きっかけはたくさんある。どこへ向かうかは自分が決める。この比喩が同校の空気をよく捉えている。
三田国際科学学園は、はじめから得意分野がある生徒だけが輝ける場所ではない。「自分にも何か得意なことがあるのでは」と自分自身を探っている生徒が多く在籍し、友人が何かに打ち込む姿に触れることで「自分にも頑張れる何かがある」と感じる。それが学びを突き詰める契機になる。
「○○オタク」だからと排除されない文化も根付いている。それぞれの関心領域が互いに受け入れられる土壌があるからこそ、生徒は自分の興味に正直でいられる。中学1年生からロジカルシンキング・クリティカルシンキング・クリエイティブシンキングを意識的に鍛え、「0から1を生み出す大切さ」を繰り返し体験してきた生徒たちは、学年が上がるにつれて自分なりの問いを持ち始める。
大学入試を「表現する場」として捉える─志望理由書が語るもの
同校が早慶の年内入試で継続的に実績を残しているのも、こうした積み重ねと無縁ではない。早稲田大学への合格者(総合型・学校推薦型選抜)は近年14〜16名の水準で推移している。慶應義塾大学は今年10名、昨年14名、一昨年15名と、年によって幅はあるものの、安定した実績が続く。
「早慶のような難関校の年内入試(総合型・学校推薦型選抜)では、学力は絶対に必要です」と市川先生は語る。物事を統合して結論を導き出す力が問われる。それに加えて問われるのが「やってきたこと」だ。同校が大切にするのは、入試を「評価される場」ではなく「自分のことを語りに行く場」として生徒が臨めるかどうか。その準備は受験直前に始まるものではなく、6年間の積み重ねの中にある。
「大学の志望理由書を読むと、本当に立派だと感じます」と市川先生は言う。「先生が立派に書かせるのではない。生徒が語ろうと思えば、深掘りして具体的に話せる。それが文章に出るんです」。英語についても、読み書きだけでなく実際のコミュニケーションの中で鍛えてきた力が、面接や発表の場で発揮される。
変化をいとわない学校─「学びの円熟」が続く理由
2026年度入試での東京大学合格者5名は、国際科学オリンピックで銀メダルを受賞したMSTCの生徒の、東大推薦入試合格も含む。その生徒の目標は「東大の特定の研究室でなければできない研究」であり、東大はあくまで足がかりだ。同校には博士号を持つ教員も7名(2026年3月現在)在籍しており、中高時代から本格的な研究に取り組める環境が整っている。
開校当初、保護者から「本当にこれで大学に行けるのか」「こんな学びで大丈夫なのか」と言われたと今井先生は振り返る。「実績が伴わない時期にも、自信満々に話をしていました」という。それは虚勢ではなく、教育の方向性への確信があったからだと今なら語れる。
2025年4月には「三田国際学園」から「三田国際科学学園」へと校名を変更した。2015年の開校当初からサイエンス教育は教育設計の根幹に据えられており、この10年間でMSTCの新設、体系的な探究プログラムの構築、高度な機器を備えたサイエンスラボの整備などが着実に積み重ねられてきた。変化をいとわぬ姿勢こそがこの学校の伝統であり、校名変更について卒業生たちも「そこが三田らしい」「そうきたか!」と受け止めた。
「学び方を学ぶ」ことで学ぶスピードが速くなる、と同校は言う。大学合格という到達点を目指して号令をかけるのではなく、問いを立て、仮説を持ち、外の世界へ出ていく力を育てる。同校が2015年の開校以来掲げるスクールモットー「発想の自由人たれ」─自ら考え、自ら道を切り拓ける人間を育てるという一貫した姿勢の先に、自分の進路を自分で切り拓く生徒の姿がある。三田国際科学学園の今年の実績が示しているのは、そういった教育の積み重ねではないだろうか。
