【中学受験】名物塾長に聞いた!–親が心得ておきたい「受験との向き合い方」(前編)

中学・高校情報 ライター 松本 守永
【中学受験】名物塾長に聞いた!–親が心得ておきたい「受験との向き合い方」(前編)

先行きの見通せない社会情勢もあってか、年代を問わず受験熱は高まるいっぽうです。特に首都圏での中学入試は志願者数がピークを迎えるなど、熱狂とも言える様相を呈しています。それは時として「偏差値至上主義」を巻き起こし、本来の受験の目的を見失った進路選択を招いています。このような状況に異を唱え、「学校に勝ち負けはない」という考えのもとで独自の指導を行うのが、「進学個別桜学舎」(東京都台東区)です。中学受験はもとより、高校受験や大学受験にも通じる「受験との向き合い方」をテーマに、塾長の亀山卓郎先生に話を聞きました。



――中学入試において、志望校はどうやって選んだらよいですか?

本人がニコニコ楽しく、3年間、あるいは6年間通うことができる学校を選びましょう。「ここが自分の学校です!」と本人が胸を張って言える学校だと考えてもいいでしょう。そういった学校選びが大切な理由や選び方は後ほど説明するとして、その前にお伝えしておきたいのは、「偏差値だけで学校を選ばない」ということです。

偏差値は模試の成績に対する合格の目安です。「偏差値が高い学校が良い学校」と過信し、1ポイントでも上の学校を目指すというのは、私からすれば非常に不毛なことです。結局、親が学校をしっかりと吟味することができず、わかりやすい基準として偏差値を見ているだけのように思います。あるいは、世間からの評価を気にしているがゆえに、偏差値が高い学校を目指すのかもしれません。

当塾の卒業生には、複数の学校に合格したうえで、偏差値が低い方の学校に入学した人もいます。彼ら・彼女らはみな、学校生活を満喫しています。まさにニコニコ楽しく学校に通っています。それは、親が決めた学校ではなく、自分で選んだ学校だからです。自然と愛校心が生まれて、学校を大切にします。学校を大切にするということは、自分を大切にすることにつながります。自信や自尊心とは、そうやって育まれていくはずです。私は、自分の人生を自分の力で切り開かせることは、大切な教育の1つだと考えています。偏差値にとらわれることなく、自分が行きたいと思う学校を自分で選択することとは、それ自体が教育なのです。

中学や高校時代には、苦しいこと、つらいことも経験するでしょう。「学校に行きたくない」という出来事にも出会うはずです。でも、自分で選んだ学校なら、そこで踏ん張ることができます。なぜなら、言い訳できないからです。逆に、「親が決めた」「親が行けと言った」という学校では、「今、自分が苦しいのは親のせいだ」と考えてしまいます。こういったケースにおいて、じゃあどうして親がその学校を勧めたのかをさかのぼって考えていくと、「偏差値が高いから」に行き着いてしまうことが少なくありません。偏差値で学校を選ぶことには、こういったリスクがあるのです。

「ニコニコ楽しく通える学校」と出会うには、まずはたくさんの学校が集まる合同相談会に参加したり、気になる学校のパンフレットを取り寄せたりして、広く情報を集めてみます。そのうえで、「ここはいいかもしれないな」と思う学校については、オープンキャンパスに参加します。実際の学校の雰囲気を感じたり、先生や先輩と話すことで「ここに通いたい」「自分もここの生徒になりたい」と思える学校と出会えるはずです。それは直感としか言えないかもしれませんが、直感は非常に大切です。もちろん、すぐにそういう学校に出会えるとは限りません。そこで私たちは、お子さんの塾での生活を見ながら、そしてこれまでの経験と各校から集まってくるさまざまな情報を踏まえながら、お子さんがのびのびと過ごすことができる学校選びのお手伝いをさせていただきます。

もう1つお伝えしたいのは、受験には「コンセプト」が大切ということです。コンセプトとは、「なぜ受験するのか」という理由だと言えます。実は、これを語ることができない親御さんは多いんです。

私たちの塾では、必ず親御さんに受験のコンセプトを考えてもらっています。すぐに言葉にできず苦労されるケースもありますが、多くの場合は、「子どもに幸せになってほしい」「のびのびと過ごしてほしい」「勉強好きになってほしい」というコンセプトに行き着きます。ところが、受験勉強が進むうちにこれを忘れてしまうんです。いつの間にか、「少しでも偏差値の高い学校に!」となってしまう。でも、偏差値と子どもの幸せは比例しているのでしょうか? 決してそんなことはないですよね。その子にマッチした場所だからこそ幸せになれるんです。そのことを忘れないでください。常にコンセプトに立ち返り、コンセプトに即した学校選びをしてください。


――中学受験以外にやりたいことがあった場合、あきらめるべきでしょうか?

あきらめる必要はまったくありません。

親御さんからは、「習い事のせいで勉強時間が確保できません。どうしたらいいでしょうか」という相談をよく受けます。こういった相談を受けるケースの多くは、子どもさんは習い事のことが好きです。続けたいという思いを持っています。となると、「好きなことを続けるために、限られた時間を有効に使おう」というのは、親が教えるべきいちばん大切なことではないでしょうか。また、子どもが自分で時間の使い方を考えたり、効率的な勉強方法を考えるというのは、成長のための絶好の機会です。やりたいことをやめさせるというのは、そういった機会を奪ってしまうことでもあるのです。

やりたいこととの両立に限らず、中学受験を見ていると、親が手を回しすぎているケースが多いように思います。例えるなら、下ごしらえが全部できた食材が届けられ、和えるだけで完成する料理キットのようなものです。これでは料理の腕は上達しませんよね。

――勉強ができない子に共通点はあるでしょうか?

あいさつができない子は成績が伸び悩む傾向にあります。こちらが「こんにちは」と投げかけても、「こんにちは」と返すことができないのです。

あいさつができない、すなわち他者とのコミュニケーションが苦手であることの理由の1つに、周囲に対して「アンテナ」が立っていないことがあると私は考えています。つまり、「こんにちは」と声を掛けられても、自分に対する言葉としてキャッチしていないのです。逆に、「何を言ってるんだ、この大人は?」となり、「無視しておこう」となる。それが積み重なると、日々の指導やアドバイスも耳に届かなくなります。

そこで私たちは、相手が「こんにちは」と返してくるまであいさつの言葉を投げかけ続けます。最初はうっとうしそうにしていた生徒も、あいさつを返すようになると先生との関係性が徐々にできてきて、ちょっとした会話を交わすようになります。すると、こちらからのアドバイスも受け止めてくれるようになりますし、生徒のほうからも相談や報告などが投げかけられるようになる。その結果、成績が上がってくるのです。

あいさつもそうですが、私たちは、一般的には塾の指導の範疇の外と言われる部分にも介入しています。授業中に「座る姿勢が悪い!」といった指導もしているんですよ。勉強だけでなく、生活全般まで視野に入れているのが私たちの指導の特徴です。今、世の中ではルールや躾などが甘くなっていると思います。宿題をしなくても誰も叱らないし、叱ったとしても「時間がなかった」と子どもが言い訳したらそれで許してしまう。「ガバナンスが効かない世の中」だと言えるでしょう。でも、多くの大人は「それじゃだめだ」って思っている。思っているのに、口にしないし行動しない。見て見ぬふりをしているのです。これは非常によろしくないことだと思います。だから私たちは、当たり前のことを当たり前のようにできるように指導します。あいさつはその代表例です。特に中学受験では、志望校に合格した生徒はきちんとした生活ができる傾向にあります。


――亀山先生は著書の中で、自習室で勉強することを勧めています。どのような狙いがあるのでしょうか。

1つには東京など都心部の住宅事情があります。多くのマンションは間取りが3LDKです。そして子ども2人だとすると、落ち着いて勉強ができる場所が家の中には存在しないことが多いのです。そこで、「勉強部屋を貸します」というイメージで、自習室を開放しています。おもしろいことに子どもたちは、先生の目の前や受付カウンターなど、大人がいる場所で勉強をしたがります。「ねえねえ、先生」って、いつでも話を聞いてもらえる場所が人気なんです。塾長室で勉強したがる子もいるんですよ。きっと子どもたちは、信頼できる大人がそばで見守ってくれているという、「心が落ち着く場所」を求めているんだと思います。

もう1つの狙いは、自ら学ぶ習慣をつけてもらうことです。授業を聞いてわかったつもりになっていても、知識の定着は期待できません。知識の定着には自学自習の習慣が不可欠なのです。そこで私たちは子どもから質問を受ける際、「先生、わかりません」といういわば“白紙”の質問は受け付けないようにしています。「ここまでは考えてわかった。でも、ここから先がわからない」というふうに、まずは子どもに説明をさせるのです。これができる子は伸びます。白紙の質問を持ってきて説明をしてもらったとしても、それは模範解答を書き写しているだけで、なにも定着はしません。そういったやり取りを経験してもらうために、自習室の利用を呼びかけています。


後編へ続く

【中学受験】名物塾長に聞いた!--親が心得ておきたい「受験との向き合い方」(前編)
話をうかがった方

進学個別桜学舎 塾長 亀山卓郎先生

1968年生まれ、千葉県千葉市出身。成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科卒。大手塾・個人塾などで教務経験を積んだ後、2007年に東京都台東区に「進学個別桜学舎」を開校。首都圏模試の偏差値60を切る学校への指導を専門に、「親子で疲弊しないノビノビ受験」を提唱する。著書に『ゆる中学受験~ハッピーな合格を親子で目指す』(現代書林)。