大阪大学がiPS細胞から作製した心筋細胞シートの医師主導治験を実施 ~重症心筋症の治療に向けて
図=iPS細胞から移植までの流れ
【ポイント】
◆iPS細胞からヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製、シート化することに成功。
◆iPS細胞から作製した心筋細胞シートについて、重症心筋症の患者さんを対象としてヒトへの移植に関する安全性及び有効性を検証する医師主導治験を実施(第1例目の被験者に移植を完了した)。
◆深刻なドナー不足である重症心不全に対する新たな治療法として期待。
◎概要
大阪大学大学院医学系研究科の澤芳樹教授(心臓血管外科)らの研究グループは、日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもと、iPS細胞※1 から作製した心筋細胞による心筋再生治療の開発を進めてきた。
これまで、澤教授らの研究グループは、虚血性心筋症※2 で心臓の機能が低下したブタにiPS細胞から作った心筋細胞をシート状に加工して移植する研究を実施し、心臓の機能を改善させることに成功している。さらにiPS細胞からヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製し、シート化することに成功した。昨年、厚生労働省/医薬品医療機器総合機構※3 に医師主導治験※4 計画届書を提出し、2020年1月に第1例目の被験者にiPS細胞由来心筋細胞シートを移植した。
◎実施の背景及び治験の概要
澤教授らの研究グループでは、2008年より京都大学の山中伸弥教授と共同研究を開始し、ヒトiPS細胞を用いて重症心筋症患者の治療法の研究開発を進めてきた。2012年には、世界に先駆けてヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いて、ブタ虚血性心筋症モデル動物の心機能を改善させることを報告した。また、2013年に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラムに採択され、iPS細胞由来心筋細胞の液性因子の解析、レシピエント心筋と電気的・機能的に結合して同期拍動すること等、心機能改善に関するメカニズムの解析を進めてきた。さらに、医療用iPS細胞を用い、心筋細胞の分化誘導に用いる試薬や製造方法を改良することで、ヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製、シート化することに成功し、ヒトでの安全性及び有効性を検証する医師主導治験を実施することとなった。本医師主導治験は、虚血性心筋症患者を対象とし、予定被験者数を10症例とする試験デザインとなっており、今後、安全性や有効性を段階的に評価していく(jRCT登録番号:jRCT2053190081)。
◎本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
iPS細胞は京都大学の山中伸弥教授によって開発され、再生医療への応用が期待されている。今回の治療法では、京都大学で樹立された医療用のiPS細胞を用い、品質基準を満たした心筋細胞を事前に大量に作製・保存しておくことができるため、培養時間を大幅に短縮できることから緊急の使用も可能である。
以上のとおり、本治療法は、有効な治療法の存在しない重症心不全に対する新しい治療となる可能性があり、深刻なドナー不足である我が国の移植医療において、一石を投じる治療法になるものと考えられる。
◎特記事項
本研究開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム及び再生医療実用化研究事業の一環として行われ、京都大学iPS細胞研究所 山中伸弥教授・吉田善紀准教授、東京女子医科大学先端生命医科学研究所 清水達也教授・松浦勝久准教授の協力を得て行われた。
◎用語説明
※1 iPS細胞(人工多能性幹細胞)
京都大学 山中伸弥教授が開発に成功した、細胞に特定の遺伝子などを導入することで、さまざまな細胞への分化が可能になる万能細胞。再生医療への応用が期待されている。
※2 虚血性心筋症
心臓の筋肉への血液供給が減ることや途絶えることによって生じる心臓の筋肉の障害。
※3 医薬品医療機器総合機構PMDA
医薬品や医療機器などの品質、有効性および安全性について、治験前から承認までを一貫した体制で指導・審査する独立行政法人。医薬品等の副作用等による健康被害に対する健康被害救済や、医薬品等の市販後における安全性に関する情報の収集、分析、提供といった安全対策も行う。
※4 医師主導治験
国から医薬品、医療機器、再生医療等製品として認めてもらうために、安全性と有効性を確認する試験を「治験」といい、医師自ら企画・立案して行う治験のことを「医師主導治験」という。