数値シミュレーションにより、地球型惑星の形成を再現 ~近畿大学

研究・産学連携 大学プレスセンター
数値シミュレーションにより、地球型惑星の形成を再現 ~近畿大学

~水星・金星・地球・火星の軌道、質量と水の起源の解明への第一歩~

近畿大学総合社会学部(大阪府東大阪市)准教授のパトリック ソフィア リカフィカと自然科学研究機構国立天文台助教の伊藤孝士は、地球型惑星である水星、金星、地球、火星の軌道、質量、水の起源を解明するため、約46億年前の初期太陽系に存在した原始惑星系円盤の数値シミュレーションをコンピュータ上で行った。その結果、従来の理論モデルでは地球型4惑星の形成が十分には説明できないことが立証され、またそれらが形成されるために必要な条件も示唆された。

本研究成果は、令和元年(2019年)9月27日(金)23:00(日本時間)に世界トップレベルの天文学・天体物理学学術雑誌の一つであるアメリカ天文学会発行の国際科学誌“The Astrophysical Journal”に掲載された。

1.本件のポイント

●原始惑星系円盤中での地球型4惑星の形成をコンピュータ上で再現し、従来の理論モデルでは地球型4惑星の形成が説明できないことを立証した
●地球型4惑星が形成されるために必要な条件を示唆した
●地球の水の起源・月を形成した巨大衝突のタイミング・水星と火星の質量が小さい原因などの解明に大きく近づくことができた

数値シミュレーションにより、地球型惑星の形成を再現 ~近畿大学
 数値シミュレーションにより、地球型惑星の形成を再現 ~近畿大学

2.研究の背景

 約46億年前、原始惑星系円盤(以下「円盤」)中で重力の影響を受け微惑星(※1)が互いに衝突を繰り返すことで、現在の水星、金星、地球、火星が誕生した。けれども地球型惑星の起源と進化を巡っては未だ解明されていないことが多くある。例えば、地球の水はいつ、どこから、どのように供給されたのか? 初期太陽系時に存在した水が地球上に生命をもたらしたように、水星・金星・火星に供給された水は生命の発生に貢献できたのか? 地球の形成過程の末期に発生し月を形成したとされる巨大衝突は具体的にいつ起きたのか? 水星と火星の軌道は楕円の程度が大きく、質量も小さい一方で、金星と地球は軌道がほぼ円であり質量も水星・火星より数倍大きいのはなぜか? 水星・金星・地球・火星の軌道と質量の正確な再現に成功した数値シミュレーションは先行研究においては達成されていないと言える。とりわけ、水星と火星の質量が小さいことの説明は難題とされている。

3.本件の概要

 近畿大学と国立天文台の研究者から構成される研究グループは、こうした地球型惑星の謎を解き明かすため、コンピュータシミュレーションで46億年前の太陽系の姿を再現した。具体的には、幾つかの先行研究から推定される円盤から出発し、微惑星が集積して惑星が形成される様子を数値計算し、その結果をもとに形成された多種類の地球型惑星系を分類して、各惑星の特徴を分析した。

その結果、初期太陽系に関して信じられている従来の主要モデルの円盤から出発しても現在の地球型4惑星は形成し難いことが判明した。その理由として、従来の主要モデルが提唱する円盤から形成される水星と火星はそれぞれ金星と地球に近すぎる位置に作られることが挙げられる。また、こうしたモデルから出発すると、形成された惑星のうち水星の全ておよび火星の大半は質量が大きすぎること、月を形成する巨大衝突が原始地球に対してかなり早期に頻発すること、そして地球に供給される水の量が一般に少なくなりすぎることも分かった。

さらに、本研究では地球型4惑星が形成されるために円盤が満たすべき主な条件についても示唆を与えられた。まず、円盤の質量は現在の太陽系において金星と地球が存在する狭い領域に集中する必要があること。次に、円盤は現在の水星軌道の辺りに内側の境界を持つこと。また、現在の地球軌道付近以遠では円盤の質量密度が低下すること。さらに、円盤に対して重力的な摂動(※2)を与える木星と土星の軌道は楕円の程度がそこそこ大きかったことである。

そのような円盤内では地球型4惑星への水供給が従来言われていた円盤よりも効果的であり、地球の水の起源の解明にも近づいたと言えるだろう。また、初期太陽系においては地球に対してのみならず水星・金星・火星にも大量の水が供給されたことも判明した。今日それらの惑星において、水の一部は地下に潜んでいる可能性もある。

4.掲載誌

○雑誌名:
 ”The Astrophysical Journal”
 アメリカ天文学会(AAS)が発行する天文学と天体物理学に関する査読つきの学術雑誌(インパクトファクター:5.580 2018年)
○論文名:
 Constraining the Formation of the Four Terrestrial Planets in the Solar System
 (太陽系における地球型4惑星の形成の解明)
○著  者:
 近畿大学総合社会学部 パトリック ソフィア リカフィカ(Patryk Sofia Lykawka)
 自然科学研究機構国立天文台天文シミュレーションプロジェクト 伊藤孝士

5.研究の詳細

 太陽系における地球型惑星の軌道と質量の再現(実際の4惑星と類似する「惑星アナログ(※3)」の形成)を試みた先行研究の大半は、コンピュータ上で数値(N体)シミュレーションの結果を集計した総和に対する統計的な議論だけを行っている。これでは、個々の数値シミュレーションにおいてどのような円盤からどのような惑星アナログが形成するかを個別に議論することができない。

この問題を克服するため、研究グループはいくつかの先行研究が推定する代表的な円盤(どれも微惑星と惑星胚=embryo(※4)から構成される)の力学進化に関する数値シミュレーションを行った。この研究では目的達成のために最適なコンピューターシミュレーションコードおよび第一著者(リカフィカ)が自力開発した惑星分類アルゴリズムを用いた。数値実験の大きな部分は国立天文台が運用する共同利用計算機にて実施された。540種類の初期条件から出発した計算の結果、194種の円盤では少なくとも3つの惑星アナログが同時に形成したが、4つの惑星アナログを同時に形成したシステムはわずか17種であった。惑星アナログの軌道と質量を分析して現在の地球型惑星と比較すると、Grand Tack(※5)モデルから典型的に導かれるnarrow(幅の狭い)円盤に関しては以下の結果が得られた。

(1)この円盤から形成される水星アナログと火星アナログは、現在の水星および火星と比べて力学的に冷たすぎ、かつ、それぞれ金星と地球アナログに近すぎる位置に作られる。
(2)形成される水星アナログの全ておよび火星アナログの大半は、質量が大きすぎる。
(3)原始地球に対する月形成の巨大衝突が早期に起こりすぎる。そして、巨大衝突後に地球アナログに降着する質量が多すぎる。

このように、Grand Tackモデルが提唱する狭い円盤では現在の地球型惑星の形成を説明できない。またGrand Tack以外のモデルが導く同様の狭い円盤も、上記のような問題を抱えた結果となることが明らかになった。今回の結果より、現在観察される4つの地球型惑星が形成されるためには、円盤が満たすべき条件として以下の必要性が示唆される。

(1)円盤の質量は0.7-0.9au※6と1.0-1.2auの狭い領域に集中する。
(2)円盤の質量の80%以上をembryoが担う(微惑星が担うのは20%以下)。
(3)円盤は0.3-0.4auに内端を持つ。
(4)円盤には1.0-1.2auから始まる低質量の外部領域がある。
(5)円盤に対して摂動を与える木星と土星は無視できない離心率を持つ(各々0.02-0.1と0.07-0.15)。

6.今後の展望

今回の研究結果は、地球型4惑星が形成されるための円盤が満たすべき条件をおおまかに明らかにした。しかし、より具体的で定量的な円盤の特徴はまだ解明されたとは言えない。特に、金星と地球から離れた軌道を持つ小質量の水星・火星の同時形成を再現する円盤の初期モデルはまだ提唱されていない。そのため、更なる理論モデルの構築と新たな数値シミュレーションが必要である。水星、金星、地球、火星の軌道と質量の再現ができれば、それらの惑星の力学的・地質学的進化や水と有機物質の起源といった重要な問題への解決へ一層近づくと期待される。

7.本研究で主に使用されたコンピュータ

本研究で実施された数値シミュレーションでは、自然科学研究機構国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する共同利用計算機群の一つである「計算サーバ」が使用された。このシステムは、本研究に代表されるような、各々のモデル計算は小規模ながらも多数の初期値から出発する長い計算時間を必要とするシミュレーションや、超大型のスーパーコンピュータで行うシミュレーションの準備段階の計算に用いられている。令和元年(2019年)9月現在のシステム規模は1344コアで、詳細は以下の通り。第二著者(伊藤)はこの計算機システムの構築と運用にも深く関わっている。

https://www.cfca.nao.ac.jp/node/3#gppc

8.研究者プロフィール(第一著者のみ)

近畿大学総合社会学部 准教授 パトリック ソフィア リカフィカ(Patryk Sofia Lykawka)
・学 位: 博士(学術)
・専 門: 地球惑星科学
・研究テーマ: 地球型惑星形成、太陽系の起源と力学進化、太陽系小天体の力学進化、巨大惑星移動。理論モデルや数値シミュレーションを用いて、地球をはじめ水星、金星と火星の形成、太陽系における惑星の軌道/衝突の進化、太陽系小天体の起源と軌道進化など幅広い研究を行っている。

9.用語解説

 (※1)微惑星:初期太陽系時に原始惑星系円盤の中で存在した無数の天体。現在の太陽系における衛星や惑星は多数の微惑星で作られたと考えられている。
 (※2)摂動:主要な力による運動が、他の副次的な力によって乱される現象。
 (※3)惑星アナログ:実際の惑星と類似する惑星のこと。
 (※4)embryo:惑星胚を指し、初期太陽系時に存在した月~火星に匹敵する大きな微惑星。
 (※5)Grand Tack:「太陽から3.5 auの軌道で形成された木星が、より内側の1.5 auの辺りまで移動し、さらに土星との軌道共鳴の影響を受けて反転し、現在の5.2auの軌道で停止した」とする、惑星物理学における仮説。
 (※6)au :太陽から地球までの平均距離(1au=約1億5千万キロメートル)。現在、太陽から水星、金星、地球、火星の距離はそれぞれ約0.4au、0.7au、1.0au、1.5auである。