人類共通の諸課題「SDGs」達成への挑戦|金沢工業大学
さまざまな問題が複雑に絡み合う現代社会。「SDGs」は、そうした地球規模の課題を解決していくための国際目標だ。2017年12月、第1回「ジャパンSDGsアワード」SDGs 推進副本部長(内閣官房長官)賞を受賞し、日本を代表するSDGs 推進高等教育機関として評価された金沢工業大学の取り組みを通じて、高等教育機関が「SDGs」に取り組む意義について考えてみる。
昨今はグローバルな規模で、少子高齢化や異常気象の頻発、人工知能の発展といった多様な変化が起こっている。高校や大学の教育についても、そうした社会の変化に合わせた改革の動きが急ピッチで進む。この世界がどうなっていくかの見通しが立ちづらい状況にあって、子どもたちは何を指針としてさまざまな活動に取り組んでいけばよいのだろうか。国連加盟国が合意した国際目標「SDGs」はその一つの手がかりとなるかもしれない。
誰一人取り残すことなく全人類の課題解決に挑む
SDGsとは、SustainableDevelopmentGoalsの略称で、「持続可能な開発目標」と訳される。持続可能な世界を実現するために、国連加盟国(193カ国)の間で合意された2016年から2030年までの15年間の国際目標のこと。世界を変えるための17の目標と、169の具体的なターゲットから構成される。00年から15年までの期間、主に発展途上国における貧困の解決を目指した「ミレニアム開発目標」の後継となる目標だ。
ただし、SDGsは途上国支援だけを目的とはしていない。17の目標の中には、環境やジェンダー、働き方の問題など、先進国と発展途上国が一丸となって取り組み、先進国自身も変わらなければならないものが数多く含まれている。すべての目標が人類全員に影響するようなものであり、SDGsは「誰一人取り残さない」ことを掲げている。
日本ではSDGsへの一般の認知はまだまだ広がっていない状況だが、目標の達成に向けて積極的に取り組む企業や自治体も見られるようになってきた。教育機関としてSDGsに取り組み、大きな存在感を放つのが、教育力と研究力の両面で社会から高い評価を受けている金沢工業大学(KIT)だ。
KITは、特定の教員や学生による研究や活動に留まることなく、学部や学科を超えて全学でSDGsの達成を目指す体制をいち早く整えた。こうした取り組みの結果、2017年の第1回「ジャパンSDGsアワード」で、SDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞を受賞している。KITの大澤敏学長は、SDGs時代には大学に求められる役割も変わると話す。「これからの大学は社会の役に立つ研究を研究室の中だけで行うのではなく、生み出した研究成果を実社会の中に組み込み、その中で新たな発見を得て研究を深めていくといった、社会実装型の研究を推進していく必要があります」
身近な課題解決が地球規模の課題解決につながる
KITの教育の最大の特長は、学生自らが社会的価値を持つ研究課題を発見し、解決策を創出していく「プロジェクトデザイン教育」と呼ばれる、プロジェクト型実践教育を教育の柱に据えていることにある。一般的なPBL(ProjectBasedLearning)との違いは主に2点ある。
一つはKITが「CDIO」を日本の大学で初めてカリキュラムに取り入れていることだ。「CDIO」とはConceive( 考え出す)→Design(設計する)→Implement(実行する)→Operate(操作・運用する)のことで、MITやスタンフォード大学など世界を代表する130以上の高等教育機関が加盟する技術者教育の世界標準だ。従来の技術者教育における知識偏重をあらため、「工学の基礎となるサイエンス」と「テクノロジーの基礎となる実践・スキル」のバランスを重視した、質の高い教育を目指している。
つまり、KITでは、学生が課題を発見し、解決策を創出するだけでなく、プロトタイプとして具体化し、その解決策が実際に有効かどうか実証実験するまでを行うのである。
もう1点は「世代・分野・文化を超えた共創教育」という考えを全学で採り入れていることだ。実社会でのイノベーション創出は、多様な世代や専門分野、文化を持つ人たちとのプロジェクトで生み出されている。KITの学生は世代・分野・文化の異なる人達と共にプロジェクトを進め、共に研究に取り組むことで、イノベーションを創出する力を実践的に身につけることができるようになっている。
ここで重要になるのが「SDGs」だ。学生が社会的課題を発見する際のヒントとなり、地球規模の課題解決にどう結びつくのかも明確になる。SDGsは世界共通なので、研究の社会的意義も理解されやすい。社会に役立つ研究は、世界への貢献にもつながるのだ。
学生の斬新な発想が最新技術と結びつくとき世界を変えるものが生み出される
KITのSDGsへの取り組み事例についても見てみよう。障がい者スポーツ支援のための機器開発に取り組む事例は、「人や国の不平等をなくそう」というSDGsの目標につながっている。障がいを持つ子どもたちが気軽にスキーを楽しめるよう、機械工学科、ロボティクス学科、応用化学科の学生がクラスター研究室を立ち上げ、学生自身がチェアスキーの設計から開発までを担う。日本チェアスキー協会や中外製薬株式会社、神奈川県総合リハビリテーションセンターなどと連携するとともに、アルペンチェアスキー元パラリンピック日本代表の野島弘さんの指導も受けながら研究は進む。スキー場での実証実験などを通して完成度を高め、身障者だけでなく健常者も気軽に楽しめるようなチェアスキーとすることを目指している。
情報工学科の中沢実教授の研究室では、学生が脳波で制御するロボット車いすを開発した。KITの情報技術AI研究所の研究成果とロボット技術を組み合わせて学生が製作したもので、利用者が頭の中で目的地を指定するだけで、自律的に移動してくれる。病院での実証実験も進められていて、利用者が初めて訪れる場所であっても簡単に目的地までたどり着けるようになることを最終目標としている。
また、同研究室で開発された「自動目薬さしロボット」は「パソコンから手を離さずに目薬をさせたら」というちょっとしたアイデアから学生がAIや音声認識技術、センサなどを組み合わせて製作したもので、ヤフーのトップニュースになるほど注目を集めた。学生の日常生活における気づきが、高齢者や手が不自由な人への活用という社会性のある課題解決に結びついた事例だ。
SDGsの「住み続けられるまちづくりを」という目標には、学生による「バスストッププロジェクト」が貢献している。同プロジェクトは、KITが立地する野々市市のコミュニティバス「のっティ」のバス停を情報端末化して“賢いバス停”にし、「IoTネットワーク」を構築することで、児童や高齢者の見守りサービスの創出を目指したものだ。研究活動の一環として作成されたバス停の位置情報やバスの経路情報を活用して、グーグルマップの経路検索で「のっティ」の情報が利用できるようになるなど、地域の公共交通の利便性は確実に高まりつつある。
社会実装型教育研究を可能にするKITの高度な研究環境
こうした取り組みを可能にするのがKITの高度な研究環境だ。クラスター研究室の活動拠点「チャレンジラボ」には高性能な樹脂3Dプリンタや5軸加工機、カッティングマシンが備わり、「夢考房」には金属3Dプリンタや電子基板の製作装置や工作機械など、アイデアを具体化できるさまざまな設備が整う。エンジンやモータ、電気電子回路から、研究に必要な実験装置まで、学生はアイデアさえあれば何でも作れる環境になっているのだ。
またKITの14の研究所が集積する「やつかほリサーチキャンパス」では、卒業研究や修士研究で生み出された仮説や理論を高度な研究環境のもとで具体化し、実験・検証することができる。
さらにKITは2018年春、実証実験キャンパスとして「白山麓キャンパス」を開設した。ここではAI、IoT、ビッグデータ、ロボット技術、エネルギーマネジメントといった先端技術を駆使したさまざまな実証実験が可能で、産学官で地域創生に取り組むKITのSDGs推進拠点となっている。
SDGsは2030年までに世界が取り組んでいく目標だ。普段の行動の中で少しずつSDGsの目標を意識するなど、息の長い取り組みが求められる。その点で、利益追求を目的とする企業だけでなく、人材育成を含むより長期的な視座に立った活動が期待できる教育機関が積極的にSDGsに取り組む意義は大きい。KITには実社会に即した研究を行うための素地が整っており、SDGs推進のリーダーとして大きな期待が寄せられている。
金沢工業大学は2018年春、実証実験キャンパスとして「白山麓キャンパス」を開設した。AIやIoT、ビッグデータ、ロボット技術、エネルギーマネジメントといった先端技術を駆使した実証実験が行われ、研究成果の社会実装を目指している。
チャレンジラボはアメリカのMITメディアラボをヒントに2017年7月に金沢工業大学扇が丘キャンパスで開設された。卒業研究や修士研究に研究室の枠を超えて取り組むクラスター研究室がここを拠点に活動。社会性のある研究課題に取り組む。
チャレンジラボ2階にはAIラボが2018年4月、設置された。学生が開発した脳波で制御するロボット車いすは病院での実証実験も行われている。
AR(仮想現実)が体験できるHoloLensなど、知的好奇心を喚起させる最新のガジェットが所狭しとならぶ。学生はさまざまな分野の既存技術と結びつけることで、Society5.0の実現を可能にする新たなイノベ-ションの創造に挑んでいる。
開発中のスマートシューズのプロトタイプ。織物の圧縮特性を利用して歩行時の圧力を電気信号として検知するテキスタイルセンサーを靴の中敷に装着し、歩行の特徴から高齢者の老化度や疲労度、歩行年齢などを測定できる。白山麓キャンパス周辺の高齢者を対象とした実証実験も予定されていて、高齢化や過疎化が進む山間部の高齢者の健康寿命の延伸と、外出機会の増加に伴う認知症予防や骨粗鬆症予防が期待されている。
障がいを持つ子どもたちが気軽にスキーを楽しめるよう開発されたチェアスキー。