金沢工業大学
Society 5.0をリードする高度技術人材を育成する

大学改革
金沢工業大学 Society 5.0をリードする高度技術人材を育成する

AIやIoT、ビッグデータといった技術が実装された、「Society 5.0」と呼ばれる“超スマート社会”の到来が迫っています。新しい技術が一般化することによって学生に求められる力が変化し、大学での学びにも影響を及ぼすと考えられます。こうした時代に活躍できる「高度技術人材」を育てるための教育改革に、金沢工業大学はいち早く取り組んでいます。大澤敏学長に聞きました。

――金沢工業大学(KIT)ではSociety 5.0の時代に活躍できる学生を育てるための教育改革を進めているそうですね。これから社会はどのように変化し、学生には何が求められるようになるのでしょうか。

Society 5.0が実現することで人々の生活は大きく変化すると予想されます。一例としてKITが進めている食料生産に関する研究を挙げましょう。この研究ではAIやロボットを活用した植物工場の実用化を目指していて、この工場が実現されれば遠隔操作によって全自動で行う農業が可能になります。次世代の営農システムとして新たな農業従事者の担い手確保につながりますし、食料自給率の問題解決にも寄与できると考えられます。

資源の多くを外国に頼っている日本ではエネルギー自給も切実な問題です。この問題に対しては、AIやビッグデータを活用し、太陽光、水力、バイオマスといった不安定なエネルギー源をベストミックスで組み合わせることで、必要な量だけを地産地消するエコシステムを構築できます。KITの白山麓キャンパスにおいて、こうした新たなエネルギー自給モデルを社会実装するための実証実験が進んでいるところです。

これらの事例からも分かることですが、Society 5.0の社会では、一つの技術だけでなく複数の技術の組み合わせでさまざまなものが成り立つようになります。何かを生み出したり問題を解決したりするために、さまざまな分野の人と関わる必要性が高まっているのです。

AIを必修で学びながら幅広い学問分野に触れる

――今回の改革は、文部科学省の「未来価値創造人材育成プログラム」にも採択されています。具体的にはどのような取り組みを行っているのですか。

改革は大きく、①全学的な情報技術教育の導入、②6年制メジャー・マイナー制度の導入、③社会実装を実現する深い産学官連携、の3つのステップで構成されています。

①の「全学的な情報技術教育の導入」により、KITの学生は「AI基礎」やプログラミングの基礎などを学ぶ「ICT基礎」を1年次に全員が必修で受けることになります。こうした技術はSociety 5.0の基盤となるもので、専門に関わらず全員が知っておくべきだということです。

②の「6年制メジャー・マイナー制度の導入」は、工学の分野とそれ以外の分野を並行して学ぶことで、複数の専門分野に関する知識と技術の修得を目指したものです。リハビリのためのロボットを作るケースを考えてみてください。実際に使えるものを作るには、工学の知見だけでなく介護の現場についても知らなければなりません。現実社会の課題解決に取り組むためには、幅広い分野に触れておく必要があるのです。

③の「社会実装を実現する深い産学官連携」では、企業で働く社会人を巻き込んで、「社会人共学者」という形で授業や研究の中に入ってもらいます。社会人と一緒に同じ内容を学ぶことで、社会の課題や企業の事業と、授業の内容との関わりを、学生が肌で感じられる機会となります。

社会人と大学教員との関わりから共同研究の芽が生まれることにも期待しています。つながりを生かして学生が社会人共学者の企業へインターンシップに行くなど、積極的な人材交流についても検討しています。

金沢工業大学 Society 5.0をリードする高度技術人材を育成する

――大澤学長は就任以来、社会のさまざまな人と関わる中で学ぶ「世代を超えた共創」を目指してきました。今回の改革はそれを推進するものでもあるのですね。

新しい学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」を実現することが求められていますし、社会とのつながりの中から社会のニーズを捉えることは課題解決において欠かすことができません。

Society 5.0の時代には、さまざまな分野の人との関わりや、文理融合のアプローチが大切になります。他大学と協力することで相互に科目を補いあい、幅広く学べる環境をつくることがこれからの大学には必要なのです。KITでも①の情報技術教育の初心者向けコースを文系の人でも受講可能な設計とすることで、近隣の大学の学生や社会人にも広く門戸を開いていきます。

その一方で、遠く離れたキャンパスに足を運んで授業を受けるのは、実際には難しい場合も多いです。この問題を解決するために、KITでは「スムーススペース」と呼ぶ大型スクリーンを用いたコミュニケーションのためのシステムを新たに導入しました。

スムーススペースは2枚のパネルを斜めに配置した構造で、奥行きのある高解像度の映像を映し出します。あたかもその場にいるかのような臨場感ある空間を作り出せるのが特徴です。現在は首都圏の外語大学と石川県のKITをスムーススペースでつないで、一緒に学べるような仕組みづくりを進めているところです。

フィジカル空間(現実空間)とサイバー空間(仮想空間)の両方を活用してつながるのが、これからの新しい大学の姿になっていくと考えられます。スムーススペースが広く普及することで、国内だけでなく海外の大学や企業とも容易につながることが可能になります。さまざまな視点を持つ人々と意見を交わすことができるようになるのは大きな魅力です。

社会との関わりから学ぶ新しい大学の形を提示

――KITが大切にしている学生同士の“教えあい”はどう変わるのでしょうか。

これまでは「プロジェクトデザイン教育」と呼ばれるチームで取り組むプロジェクト型教育を中心に据えて、学生同士の教えあいに力を入れてきました。

これからは社会人を授業に受け入れて共に議論するようになりますし、学生が講師として小中高生にプログラミングを教えるなど、地域との関わりも深まっています。社会に開かれた大学として、社会人や地域の人々との教えあいを、より一層進めていきたいと考えています。

相手のレベルに合わせた説明を行うには、思考力、判断力、表現力といった力を総合的に使う必要があります。小学生は学生の想像を超える反応をすることが多々あるでしょう。前提となるものが全く異なる人にどう向き合って教えるか。そのことを考える中で学べることは数多くあります。人に教える経験が学生を大きく成長させるのです。

――教育が大学の中だけで完結するものではなくなってきているのですね。

高等教育への進学率が8割を超え、大学はエリートだけのものではなくなりました。大学には以前のように研究室にこもるだけでなく、実社会に即した形で学び、研究する姿勢が求められていると思います。せっかくの技術やアイデアも、社会実装できなければ意味がありませんから。

私自身、学長となった今でも授業や研究室を持ち、そこで新しい取り組みを試しています。「社会との共創」を掲げる以上、大学の新しい教育政策を打ち出すには実際の学生のことを知っている必要があると考えているからです。

今回の改革により、大学での研究成果を社会実装しながら社会の中で学ぶ、新たな大学教育のあり方を提示できれば嬉しく思います。

金沢工業大学 Society 5.0をリードする高度技術人材を育成する

金沢工業大学 学長 大澤敏氏
東京理科大学理学部化学科卒。同大学大学院理学研究科博士課程(化学)修了。マサチューセッツ大学博士研究員を経て、1996年金沢工業大学講師就任。助教授を経て、2004年教授。学生部、教務部、研究部、進路部等の副部長、バイオ・化学部学部長、教務部長を経て2015年副学長。この間、米国パデュー大学、スウェーデン王立工科大学、ドイツカールスルーエ大学等で工学教育の視察・研究に従事。2016年金沢工業大学第6代学長。