東京医科歯科大学×東京工業大学 ―「医工連携3.0」への挑戦と「大学の未来」
東京医科歯科大学(写真左)と東京工業大学(同右)は、2022年10月に締結した基本合意書に基づき、2024年度中を目途に新大学「東京科学大学(仮称)」として統合することを目指しています。部局等を超えた連携協働により創出する「コンバージェンス・サイエンス」や、イノベーションを生み出す「多様性、包摂性、公平性を持つ文化」など、両大学が目指す大学像とはどのようなものなのでしょうか。東京医科歯科大学の田中雄二郎学長と東京工業大学の益一哉学長に語っていただきました。
(大学通信『卓越する大学 2024年度版』[2023年9月30日刊]より)
- (写真左)東京医科歯科大学
田中 雄二郎学長
1980年、東京医科歯科大学医学部医学科卒業。1985年、同大学大学院医学研究科博士課程修了。1986年、米国マウントサイナイ大学附属アルコール研究治療センターリサーチフェロー。2001年、東京医科歯科大学医学部附属病院総合診療部教授並びに部長に就任。その後、同大学医歯学融合教育支援センター長、医学部附属病院長、理事・副学長などを歴任。2020年4月より現職。
(写真右)東京工業大学
益 一哉学長
1977年、東京工業大学工学部 電子物理工学科卒業。1982年、同大学大学院理工学研究科電子工学専攻博士後期課程修了。専門分野は電子デバイス、集積回路工学、ワイヤレスセンサネットワーク。東北大学電気通信研究所助教授、東京工業大学精密工学研究所教授、同大学科学技術創成研究院長などを歴任。要職に一般社団法人エレクトロニクス実装学会会長(2017-19)など。2018年4月より現職。
──今回、両大学が統合の合意に至った経緯についてお聞かせください。
田中雄二郎学長 私が学長に就任したのは、益先生の2年後の2020年4月です。学長所信では「力を合わせて未来を拓く」と述べましたが、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう中、4月7日には7都府県で緊急事態宣言が発出されました。コロナで亡くなる方も多く、最優先課題として新型コロナウイルスの感染克服に取り組むと宣言したわけです。本当に大変でしたが、小学生を含む幅広い方々から応援のメッセージをいただきました。大学は社会に貢献する存在だけれど、社会と共にあり、社会から支えられる存在でもあるのだということを改めて認識する契機となりました。
東京医科歯科大学は、恐らく重症患者の治療に日本で最も多く当たっている病院の一つでしょう。新型コロナと闘っているときは、さまざまな情報を社会に発信したいと思っていましたが、とてもそんな余裕はありませんでした。米国のジョンズホプキンス大学は、新型コロナに関する最新情報をホームページから発信していて、世界中のメディアがアクセスしニュースを書いています。ビッグデータを自動的に収集するアルゴリズムをいち早く作って、データを取っていたと思います。また、英国のインペリアルカレッジロンドンは、初期の患者のデータを迅速に集め、感染者の年代別に、重症化率や死亡率などをレポートにまとめ、世界の国々の政策に大きな影響を与えました。本学も新型コロナの治療や研究は行っているけれど、それを世界に発信するところまではいっていません。体力を強化しなくてはいけないな、と痛感しましたね。
また、私は消化器内科が専門で、内視鏡やデバイスの進歩により医療の可能性が広がっていくことを直に体験していました。ロボット医療などが進化する中、学内で医学と歯学だけに留まっているよりも、もっと理工学の分野と連携した方が社会貢献に繋がるのではないかと考えるようになったのです。
そこで、四大学連合として交流があり、理工学系大学のナンバーワンである東京工業大学の益先生に声をかけたのですが、あまり感触は良くありませんでした(笑)。大学等連携推進法人のようなものを一緒に作りませんか、と持ち掛けたのが2021年の終わり頃で、そこから今回の協議が始まって……。
――そこで、益先生は当初、どのように答えられたのでしょう。
益一哉学長 その前に、少し時間を遡ると、当時の私は研究一筋で…(笑)。半導体の研究に産学連携で取り組んでいたのですが、2018年に学長に就任すると、大学全体の改革を推し進めることが自分の使命だと考えるようになった。そのうち、2022年度から始まる「第4期中期目標・中期計画」という、国立大学法人が6年ごとに達成すべき目標と計画を策定する時期に入るのですが、ちょうどその頃、新型コロナの危機が到来した。
田中先生が「これからの医学」を考えるように、理工系の大学も今後、どうやって発展させていくかを考えなければならない。その時に、私の中では平成30年間の停滞ということがずっと引っかかっていたのです。例えば、2020年頃の日本の半導体産業は最悪の状態だった。日本は盛んに戦略的と言いながら、先端技術は生み出せていないし、製造業も成長していない。ところがアメリカは成長している。しかもGDPを見ると、成長しているのは製造業ではなく、GAFAやバイオなどの新しい産業なわけです。
私はよく、東工大の前身である東京職工学校の設立時の理念に立ち返るのですが、「工業工場があって而して工業学校を起こすのではなく工業学校を起こし卒業生を出して而して工業工場を起こさしめんとした」という言葉を現代風に言い換えると、「東工大という学校が輩出した人材が、新しい産業を創出する」ことになる。これからの世界は製造業だけではだめで、「理工学の再定義」が必要だ。これからの学問領域として、バイオやITもあるけれど、もっと人間に関わる分野が根本的に足りないのではないか。
こうした中で、田中先生から大学等連携推進法人の話が持ち掛けられたのです。でも、理工学の再定義とか、新しい産業を作るというように、大きく変えようというのだったら、本当に思い切ったこと、新たな大学を作るくらいのやる気がないといけない。そこで「本気ですか?」と聞いたのです。
「知」の拠点から「ネットワーク」へ
まだ見ぬ医工連携3.0を模索する
――その益先生の言葉を受けて、田中先生は、どのような答えを。
田中 やはり、最初の感触が悪かったので、益先生から「じっくり話し合いましょう」とお話をいただいたときに、どんな話なんだろう…もうこの話は無しにしよう、という断りの話かなと思って会いに行ったら、「中途半端はいけない」と。一法人一大学だったら考えるけれど、ということだったので、「理工系の人ってずいぶん発想が違うなぁ」と(笑)。だから進歩するのかなとも思ったんですけれど。確かに、本当にやりたいことを考えたら、別々の大学である必要はないわけですね。それだったらそれで考えてみましょう。ただ、一存では決められないので持ち帰って(笑)、と。
――田中先生は、昨年の本誌『卓越する大学』のインタビューで、「コロナによって大学は知の拠点だということが分かったけれど、それを知のネットワークにしなければならない」という趣旨のことを発言されていたと思います。そうしたこととも繋がってきそうですね。
田中 「今日の医療」ということではコロナでもできたけれど、「明日の医療」を実現するためには医学、歯学に留まっていてはいけない。もっと広く、それこそ益先生が理工学の再定義と言ったように、我々の医学、歯学も再定義する必要がある。
――互いに話し合いを重ねて、どのように合意に至ったのでしょうか。
益 重要なのは、医科歯科大も東工大も「研究大学」だということ。研究とは、何かしら新しいものを生み出そうとすることです。統合なども、研究現場の人たちからすると、自分の分野が広がるとか、新しいことができるとポジティブに考える人が多いんですね。
若い人たちに議論してもらって、どのような接点がありうるかというと、いろんな意見がポジティブに出てくる。医科歯科大も東工大も長年にわたる歴史を持っていて、それを1年かそこらで心を一にするなんて、通常ではあり得ない話でしょう。でも、新しいことをやるというところでは、「意外とできるかもしれません」と。新しいことに挑戦するという意味では、プラスの意見の方が多かった。心配事を言ったら何もできない。決断をしなかったのが、日本の失われた30年ですから。
田中 東工大と医科歯科大の学問領域というのは、基本的には被るところはないのです。東工大には生命理工学院があり、我々も生体材料工学研究所という工学系の研究所はありますが、分野としては分かれている。益先生が言われたように、基本的に新しいことをするのが好きな人たちだから、可能性に賭けてワクワクしてもらえれば、という感じで。
――一般企業では、合併には「企業風土が違う」という意見も出ます。
益 風土の違いということを言いだせば、きりがないから。むしろ、学問分野がオーバーラップしていないということの方が、前向きに捉えやすい。1+1=2のままでもいいけれど、1+1が被っていないから、3や4になる要素を意識すればいいのです。
――分野が被っていないだけに、逆に大きなシナジー(相乗)効果が期待できる。
益 異分野融合研究を推進するため、両方の大学の先生方の交流イベント「研究マッチングフォーラム」をオンラインで開催したり、分野を横断した研究チームにスタートの研究費を出すよと言ったら40件くらい出てきて、20件ほど採択して、ということも始まっている。こうした動きがどんどん広がれば。
――今日、「医工連携」という言葉はよく聞きますが、両大学が目指しているのはそれだけではない。
益 コンバージェンス・サイエンス(融合科学)と言ったときに、バージョンが1.0、2.0、3.0とあって、1.0は物理と工学。2.0は生物学と工学。そして3.0は理工学・医歯学・人文社会学の融合。一方で、医工連携もバージョン1.0、2.0、3.0と考えてみると、私見ですが、医工連携1.0はメディカルエレクトロニクス。超音波診断だとか内視鏡などの技術ですね。ロボットもそれに近いんだけれど、工学的なものが医学の分野に入ってくる。そして、私は1.5と呼んでいるんだけれど、それが最近のオンライン診療だとかAI診療。そして、2.0になると、もはや診療だけのお医者さんはいらなくなる。手術も恐らくロボットでできるようになる。だとすると、次の「医工連携3.0」は何か、というのを我々が打ち出すことが大事なのではないか。私たちがまだ見ぬ医工連携3.0。それを真剣に考えてもいいのではないかと、最近考えています。
――それは田中先生の言う、「知と癒しの匠のトータルヘルスケア」に繋がっていくのでしょうか。
田中 「知」の部分の多くは今後、生成系AIなどに置き換えられていくかもしれないけれど、「癒し」の部分は難しいでしょうね。数式として表せない、情報として表せないところがありますから。
医療とは、結局はシーズドリブン(技術やサービスで新しい事業を創出する)ではなく、ニーズドリブン(顧客=患者さんのニーズを満たす技術やサービスを開発する)です。だからこそ、新しいシーズ(技術)が提供される中で人間が求めるものは何かを突き詰めて考えていった中に、益先生の言われる「医工連携3.0」の本当の姿が見えてくるのではないでしょうか。
そうした中で、新しい大学では「自由でフラットな文化」を作っていこうと考えています。それこそ、忖度なくフリーに議論ができて、○○先生が言ったからとか、私が言ったからとかではなく、ベストアイディアが通っていく、そういう文化だと思っています。ですから、例えば「医者いらずの世界を考えてみよう」とか、そういうことを普通にディスカッションできる大学って素晴らしいと思う。だって、医者がいるんだから。目の前に(笑)。
「変化の激しい時代」というのは、もうずっと昔から言われているわけです。でも、今が変化の激しい時代であることは間違いないことですよね。その変化に適応するためには、どうすればよいか。そこで、私がよく学生に言っているのは、「変化を作り出す側に回ることだ」ということです。
変化に背を向けるのは最悪の選択だし、変化に遅れて乗っていくというのは面白くない。やはり、変化を作る側に回るべきなんです。だとすれば、やはりこの統合には意味があるだろうと。
「医工連携戦略」は世界的な潮流
〝想像もつかない未来〟を目指す
――東京医科歯科大学と東京工業大学のように、トップレベル同士の大学が統合して新しい大学、東京科学大学(仮称)に生まれ変わるというのは、世界的に見て珍しいケースなのでしょうか。
益 2021年には、台湾でトップクラスの国立交通大学と陽明大学が統合し、国立陽明交通大学となりました。韓国には、アジア屈指の理工系大学院として知られるKAIST(韓国科学技術院)がありますが、やはり医学部を作ろうという動きを見せています。中国だと、上海交通大学が2005年に上海第二医科大学と統合し、総合大学としての規模を拡大している。いま、世界中で理工系大学と医学部が統合しようという動きが進んでいます。
日本でも超高齢社会の進展で、国民医療費が40兆円にも及び、これをいかに削減するかが大きな課題となっています。工学が医療分野に貢献することは、経済的に見ても大きなメリットがある。それを実現しようというのが世界的な潮流であるわけです。アメリカだと、MIT(マサチューセッツ工科大学)は自分たちでは病院を持っていないけれど、ハーバードのメディカルスクールと連携している。こうした動きは世界中で注目されています。
ジョージア工科大学も米国屈指の名門大学ですが、近隣のメディカルスクールと連携したり、メドテックの研究所を開設するなど医工連携を進めていて、世界中で最先端の研究がどんどん動いています。
――医科歯科大と東工大が統合したら、どんなことが実現できますか。
益 現代の技術進歩の速さでいうと、モノづくり的なことは、アイディアとビジネスモデルさえあればすぐに実現できてしまう。経済の複雑さのレベルを数値化したEconomic Complexity Index(ECI)という指標があるのですが、日本は世界でずっと1位なんですね。それは、「いろんなモノが作れる」ということを意味している。日本はそうした力を持った国で、だから医工連携でもいいし、新しいコンバージェンス・サイエンスでもいいですが、何をどんな目的で作り、どうやって売っていくかを決めれば、いろんなものを開発することができると思う。
一方で、昨年末からChatGPTのような生成系AIが急激に広がってきた。あの技術は恐らくすべての理工学教育に大きな影響を与えると思うし、人との応対、先ほど医工連携1.5はAI診療だと言いましたが、そうした動きはどんどん加速すると思う。だから、情報系人材はすべての分野において抜本的に変わらなければならない。
製造業がもっと強くなるためには情報産業と融合しなければならないし、医療もビッグデータはもちろんのこと、生成系AIをどうやって医療に活かしていくか、基礎技術を学んで行く必要があります。そのためには、教育を抜本的に変えていかなければならない。医科歯科大は電子カルテが進んでいますが、尖ったデータサイエンティストと、データサイエンスの分かる医療者が組むということは非常に重要だと思う。
田中 新しい大学を作ることが、社会の課題をいち早く発見し、解決に繋げていくプロセスだとすると、医療分野と理工学の共通言語を双方が学んでいく必要がありますね。
さらに、それを社会で実装する際には、例えばスタートアップを作る起業家の人たちや投資家の人たちとも共通の言葉で話ができないといけない。アントレプレナーシップ教育も大事です。
また、医学ではビッグデータも重要です。ゲノムデータを個別化医療で使うのです。
――オーダーメイド医療ですね。
田中 はい。例えば新型コロナウイルスでも、遺伝情報を調べてあっという間にメッセンジャーRNAワクチンを作製し、わずか1年のうちに世界中の人が接種し始めました。従来のワクチンの常識からすると、開発に5年、10年かかるのは当たり前で、収束にはスペイン風邪などと同じく、集団免疫を獲得するしかないだろうと議論していた時にワクチンが完成し、変異株にまで対応できたのは、ゲノム技術があったからです。これからは医工連携によって、創薬も大きくスピードアップしていくでしょう。
例えば、アメリカでは女の子が突然歩けなくなるという新しい病気が見つかりました。その子の細胞を取って調べてみたら、ある遺伝子が普通の人とは異なっており、筋肉に必要なタンパク質が作れなくなっています。では、そのタンパク質を作る遺伝子を補充するような治療を行えばいいのではないかということで治療が始まり、1年くらいのうちに、その子の病気を治すことができるようになりました。こうした症例が今後もっと増えていけば、医療の状況もずいぶんと変わることでしょう。
遺伝子を調べることで、「あなたは健康上、こういうことに気を付ければ**という病気の発症率を抑えることができますよ」といったことが人間ドックの世界では始まっていますが、それはもっと徹底でき、結果的には医療費のコストを下げることにもなります。創薬の部分でゲノム解析はできるけれど、それをどうやって体内に入れるか(デリバリー)が問題になります。デリバリーのシステムになると、材料や工学の分野になってくるのです。また、ロボット手術機械だとかセンサーなども、材料や工学の研究者にとっては、お手の物でしょう。それらを含めて、医工連携で実現できることはたくさんあるけれども、私たちが願っているのは、これまで想像もつかなかったような課題を見つけ出してきて、それを解決していく。そういう人たちが続々と生まれてくるということです。
――臨床の視点に立ち、基礎研究を行う「クリニシャン・サイエンティスト」と、科学的な視点で診療ができる「サイエンティフィック・クリニシャン」の両者の育成を目指すということですね。
益 田中先生がいま言われたことを受験生の皆さんに向けて言うとすれば、「私たち教員を超えるような人に育ってほしい」という言葉に尽きます。いま、高校生の人たちが2年後、2025年に新しくなった東京科学大学(仮称)に入学し、医学部や歯学部なら6年間、東工大の学院でも修士課程まで進学すれば、卒業時には2031年で、田町キャンパスの再整備に間に合います。世界でも類を見ない、国内最大規模のインキュベーション施設が完成する予定で、ここを拠点に、ぜひ世界に向けて大きく飛び立ってほしいですね。
――ありがとうございました。