大学は入試で何を問うているのか。|国際基督教大学

入試 ユニヴ・プレス
大学は入試で何を問うているのか。|国際基督教大学

入試改革を先行するICUに「総合教養(ATLAS)」の狙いをきく

森島泰則教授

2020年度に実施される大学入試改革を控え、高校教育をとりまく環境は大きな過渡期を迎えている。なかでも新たに導入される「大学入学共通テスト」は「知識・技能」から「思考力・判断力・表現力」を問う内容へと移行しており、受験生だけでなく高校教員側の対応も喫緊の課題となっている。

そんななか、今後あるべき入試の好例として挙げられることも多いのが、国際基督教大学が2015年に一般入試で導入した「総合教養(ATLAS)」だ。高校教育の学習範囲を踏まえながら、教科の枠を超えた設計の総合問題は非常に独創的と言われている。

リベラルアーツを実践してきた同学がこの入試形態に込めた想い、そして今後の高校教育のあり方について見解をうかがった。

受験対策の結果ではなく、高校で学んできたことの成果を問いたい。

―まずは「ATLAS」の概要をご紹介いただけますか?

ATLASはICUが一般入試で実施している、リベラルアーツ教育への適性を測る試験です。まず15分間の短い講義を聴いて、内容に関する設問に解答します。さらに講義内容に関連した論説文を読んで設問に答える――という形式です。講義を聴く入試というのはめずらしいかもしれませんが、これは大学の授業のシミュレーションと考えてください。また、講義や設問で問われる内容は、人文科学・社会科学・自然科学の分野を横断的に扱っています。ICUはリベラルアーツの大学なので、特定の分野に特化した知識ではなく、文系・理系にとらわれない論理的な思考力や分析力を評価したいという狙いがあるからです。ATLASを導入したのは2015年ですが、それ以前は「リベラルアーツ学習適性考査」という試験を実施していました。これも言語問題や図形問題など複数の分野で構成されていて、形式的にはどちらかというと知能テストや企業の入社試験に近いものでした。ただ、形式が変わってもICUは入試で科目を超えた思考力・判断力・分析力を評価したいという考えは一貫しています。ATLASは講義を聴いて論文を読むといった、より大学での学びに近い出題形式に進化したものだとご理解ください。

ATLAS

―実際に導入してみて学生や高校の先生の反応はいかがですか?

「ICUの授業を疑似体験できて楽しかった」など、おおむねポジティブなものが多いですね。なかには「受験対策しづらい」というコメントもありましたが、そういうご意見はいまに始まったことではなく、ATLAS導入以前からよく寄せられています(笑)。確かに他大学の試験では「歴史的な事件が何年に起きたか?」など“知識そのもの”がピンポイントで問われているのに対して、ATLASでは高校で学んだ“知識を使って”答えを導くように作問しています。そういう意味ではICUの入試は、むしろ高校教育に直結しているのではないでしょうか。高校教育の目的とは、大学の授業を受けるための素地を作ったり、社会に出て自分で考えて判断する思考力を養うことであり、入試問題を解くことではないですよね? だから受験対策しづらいということは、もしかすると高校教育が大学受験に引っ張られすぎているために、高校生が本来身につけるべき能力をあまり伸ばせていないのではないか、と危惧しています。

―その一方で2020年入試改革に向かって、高校側でもアクティブラーニングの導入など変革の気運が高まっています。

そのようですね。入試が変わりつつあるいまでこそ、ICUの入試は「時代を先取りしている」と言っていただいていますが、昔から一貫して思考力・分析力などを問い続けてきたに過ぎません。それでもやはり入学してきた学生を授業で見ていると「高校時代にこういう能力をもっと伸ばせたのでは」と思う局面は少なくないです。我々が学生の能力を大きく伸ばすためには、この“能力のスタート地点”がもっと早い時期にあればいいのに、ということは強く感じます。だから探求型学習の実施など、高校で思考力を開花させる動きが出てきたのはいい傾向なのではないでしょうか。そしてその資質をさらに伸ばせる大学として、ICUに魅力を感じてくれるといいですね。

「優等生」よりも「多様性」その中で個々の能力を伸ばしてほしい。

―入試以外でもeポートフォリオで高校の部活動や学校行事の実績、あるいは学生の主体性を見る動きも広まっています。ICUとしてその点はどう評価しますか?

一般入試はペーパーテストなので主体性などを直接的に評価する科目はありませんが、それ以外の試験方式では面接やプレゼンテーションなどの選考があり、主体性・協調性・コミュニケーション能力などを評価しているので、結果として多様な学生を受け入れていると思います。ただ、主体性などがまだ発展途上の学生がいても全然問題ありません。そういう学生がさまざまな学生と交わることで、自分なりの主体性を獲得していけばいいのです。社会にはいろいろな個性のある人がいて、それぞれと協調してうまくやっていかなくてはなりません。だからさまざまなタイプの学生がいることは、むしろ重要なのです。たとえばグループディスカッションを見ていても、リーダーシップを取る人とフォロワーとして議論を盛り立てる人、どちらも必要な資質と考えてそれぞれ評価しています。リーダーシップ、思考力、主体性などすべてに秀でた“優等生”の学生だけを集めたいのではなく、それぞれの能力をいかに伸ばしていくか、それがICUの教育に託された使命だと思います。

―国立大学協会が定員の3割を推薦・AO方式で採る目標を掲げるなど、国立・私立を問わず大学が優秀な受験生を奪いあう流れが顕在化してきました。ICUとして何か対策はありますか?

ICUにとってもその影響が皆無とは思いません。だからと言ってそのための対策を特別に考えてはいません。やはり大学は「入学してから」が重要なので、授業の質も重視すべきです。入試そのものが変革していくのに、大学の授業は従来どおりの講義をやっていていいわけがないですよね。ICUは質の高い授業を行うことを重視しており、本来の「教育力」で他のどの大学にも負けるとは思っていません。だから学生も高校の先生がたも、推薦枠といった“入口”にとらわれず、ぜひそういう踏み込んだところまで検討して大学を選んでほしいですね。

森島泰則教授

鍛えるべきは「文理横断の知性」と「論理的思考力」

―最後に、入試改革を控えたこれからの高校教育に、どんなことを期待しますか?

高校の先生がたは、これだけ高度に科学技術が発達し、しかも複雑化した社会に出て行く人材を教育しておられます。これからの時代は彼らがどのような分野に進んだとしても、文理別の思考で問題が解決するということはもうあり得ないのです。理系だから英語が苦手とか、文系だから数字に弱いといった考えは通用しません。その一方で、高校では受験の便宜上文系・理系に分けて科目を履修させることが当たり前になってしまい、彼らを「自分は文系だ・理系だ」という枠にはまった考え方に固定化しすぎてはいないでしょうか? 目先の大学受験だけでなくその先にある社会を見据えて、そこに向かって高校で育てるべき能力、資質、知識とは何かを考えたうえで進路や受験の指導に当たってほしいと思います。そして何度も申し上げているとおり、生徒の論理的思考力を養ってほしいですね。論文を読みとく読解力や理解力、それをもとに自分の意見を形成するための思考力や分析力、さらにはそれを他者に伝えるコミュニケーション能力。これらは私たちの基本的な認知能力ですから、学力を培うなかでしっかりと身につけ、伸ばしていけるものです。受験対策に終始するだけではなく、そういった能力を伸ばすトレーニングをしながら、文系・理系にとらわれず広い領域について知的好奇心をもって学べる資質を高校のうちから育んでもらえたら、学生の能力はもっと開花していくのではないかと思います。ICUの試験問題はウェブサイトからダウンロードできるので、受験生だけでなく教員の方々にもATLASの問題を体験してみていただきたいです。講義の音声も聴けますので、ぜひ率直な感想をフィードバックしてください。

森島泰則教授

森島泰則(もりしまやすのり)

アドミッションズ・センター長/教授(心理学)
1996年コロラド大学大学院で博士号(Ph.D.)取得。
在米日系企業研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、2003年ICUに着任。
2010年から2年間、アカデミックプランニング・センター長。
2015年より現職。