魅力ある地域の高校で学び、子どもたちの生きる力を育む新たな進路の選択肢–「地域みらい留学」とは?
写真=留学先のひとつ高知県立嶺北高校 自然の中での体験も豊富
都道府県の枠を超え、全国各地の公立高校で学ぶ「地域みらい留学」が、今、多くの教育関係者から注目を集めている。主に首都圏や京阪神など都心部の子どもたちが、親元を離れて離島や中山間地域の高校に通い、さまざまな経験を通して「生きる力」を育む取り組みだ。
2017年のスタート以来、受け入れ先となる加盟高校数、留学者数ともに増え続け、2022年4月末時点で加盟校は98校、留学者数は年間500人以上となっている。また、その説明会には5000人もの生徒やその保護者が参加する盛況ぶりだ。
同事業を手がける一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム(代表理事・岩本悠)、常務理事の尾田洋平氏と丸谷正明氏に、「地域みらい留学」の魅力と可能性、そして将来の展望について話を聞いた。
生徒減少で存続が危ぶまれた離島の高校が、一転、島の人口増の鍵に
「地域みらい留学」は、現在、中学卒業後に加盟高校に進学して3年間を過ごす「地域みらい留学(高校進学)」と、高校2年時に1年間留学をする「地域みらい留学365( 高2留学))の2種類のプログラムを実施。いずれも子どもたちに、多様な学びの提供をすると同時に、離島や中山間地域の少子高齢化や過疎化といった社会課題の解決を目的としており、将来的には地域の教育から社会を変えていくことを目指している。
この事業のきっかけとなったのが、現在同法人の代表理事を務める岩本氏が、2007年に島根県の隠岐諸島にある県立隠岐島前高等学校で始めた取り組みだ。
「岩本は大学時代に世界各国を巡って体験記を出版すると、その印税でアフガニスタンに学校をつくるなど、もともと教育に対して並々ならぬ熱意を持っていました。卒業後はソニー株式会社で人材育成や社会貢献事業に取り組んでいましたが、出前授業として隠岐島、島前高校を訪れた際、海士町の町長に高校再生の相談を受けたそうです」と、尾田氏は同校との縁を語る。
当時、島で唯一の高校である同校は、生徒数が90人程度に減少し、それに伴う教員の削減などで教育環境も悪化。それによって入学者数の減少にも拍車がかかり、廃校の危機に直面していた。高校がなくなれば、子どものいる家族は島から移住し、島の過疎化も進んでしまう。
そこで岩本氏はまず高校の「魅力化」に着手した。たとえば、高校を地域に向けて開き、島に住む人々と協働しながら地域の社会課題解決に取り組むプロジェクトの開始だ。また、島の豊かな自然や郷土文化、親密な人間関係といった都会にはない環境を魅力として打ち出し、県外からの越境入学者を募集する「島留学」を創設。島留学で同校に進学した生徒は、寮生活を送りながら、島まるごとを学校として多くの学びを得ることができる。
これらの取り組みによって、同校は県外からも意欲的に学ぼうとする生徒を集めることに成功。廃校寸前の状況から、全学年2クラス化するまでに変貌を遂げ、島の人口減少に歯止めをかけた。
2012年から、「島留学」は「しまね留学」として海士町から島根県へ拡大していく。
「地域みらい留学」としての全国展開と、新たな単年留学制度「365」の開始
大きな転機が訪れたのは2016年。一連の「教育魅力化による地方創生プロジェクト」は、日本財団ソーシャルイノベーター支援制度において最優秀賞を受賞し、3億円の資金提供を受けた。その資金を元手に、2017年に一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームを設立、海士町や島根県での事例を「地域みらい留学」として、全国へと展開していくこととなった。
島根県での成功はあったものの、全国展開となると未知数だった。県の教育委員会へ働きかけや学校長に直接参加を募り、留学先の加盟校にまずは30校が集まった。生徒集めのためには、中高生向けのイベントでのチラシ配りや学校訪問など、地道な宣伝活動に尽力した。理事である尾田氏自身も参加してスタッフ総出で汗をかいた。
その甲斐あって、2018年6月に全国各地(大阪、東京、名古屋、福岡)で開催した最初の合同説明会「地域みらい留学フェスタ2018」には、合わせて560組1,173人の親子が集まった。「会場いっぱいに集まった参加者と、その熱気を目の当たりにし、今後の事業への自信をつけることができました」と、尾田氏は当時を振り返る。
合同説明会は以降、毎年開催され、2022年度には5000人もの参加者を集めるなど、「地域みらい留学」は新たな学びの可能性として、その知名度を着実に高めている。
また、2020年からは、内閣府(まち・ひと・しごと創生本部)の受託事業として、日本初の国内単年地域留学「地域みらい留学365(高2留学)」もスタートした。
この制度では、元の高校に籍を残したまま、2年時の1年間のみ地域の連携校へ留学する。留学先で受けた授業を単位として認定することで、留学を終えて元の高校に戻ればそのまま3年生に進級できる。教育課程の合う高校同士でマッチングさせる必要があるため、希望しても留学が実現しないケースもあるが、一期生は23人、二期生は31人とこちらも少しずつ留学生が増えている。
「1年時に在籍している学校と留学先の学校で教育課程が合うかどうかが留学を実現する上でネックとなりますが、教育課程が合わない場合でも、一部科目を通信制高校で履修するなど、柔軟な対応で生徒の学ぶ意欲に応えられるよう、調整をしています。在籍高校・留学先高校ともに生徒の新しい挑戦を応援しようと尽力してくださる先生方が多くいらっしゃいます。」と、丸谷氏は新たな取り組みの可能性を語る。
高知県嶺北高校:公営寮で議論する生徒
地域を変えていく意思と力を持った若者の育成へ
「地域みらい留学」が、これほどまでに人気を博する理由は何だろうか。
尾田氏と丸谷氏は、「離島や中山間地域だからこそできるさまざまな体験にある」と、その最大の魅力について解説する。
「留学する地域によって異なりますが、海や山、川など、都会にはない豊かな自然と、郷土色あふれる文化にふれることができるのは、都会で暮らしている子どもには非常に新鮮な体験ですね。また、留学先の学校は一学級の生徒数が少ないため、自然と一人ひとりが主役になれます」(尾田氏)
「多くの留学先では寮暮らしとなるため、親元を離れて仲間と共同生活を送ることも、子どもたちを大きく成長させているようです。慣れない暮らしに早々に音を上げる子どもも多いようですが、大体1ヶ月くらいを過ぎるとその壁を乗り越えています。オンラインで面談などをしていると、顔つきが毎月のように変化していくのを実感しますね」(丸谷氏)
丸谷氏らが行った留学生へのインタビューでは、「自分を出すことにためらいがなくなった」、「周囲の人に対して興味を持つようになり、いろんな人と関わろうと思えるようになった」、「少人数のクラスなので行動力がついた」、「留学は遠回りして成長できる経験だと思う。今までの快適な空間から離れると、見えてくる景色が変わり、自分の考え方も変わった」など、さまざまな声が集まっている。
また、「地域みらい留学」は学校と自治体が協力して取り組んでいるため、地域の社会課題を見つけ、解決するPBL式の学びが非常に充実している点も大きなメリットだ。過疎地域では、少子高齢化の問題や、教育や就業の地域格差など、都会で暮らしていては意識することがない社会問題にも直面する。留学を終えた後も、大学で社会政策や地域振興を本格的に学ぶ生徒も多くいるという。
「留学中に取り組んだ探究の成果が、大学での学びや総合型選抜にもつながっていくといいですね。実際、留学修了後にもフィールドワークなどで、再び、留学先の地域に戻ってくる生徒もいます。私たちが目指す、教育を核にした持続可能な地域づくりに一歩ずつでも近づいていきたいですね」と、丸谷氏は未来への希望を述べた。
ネットワーク化で地域の教育格差をなくしていく
最後に、尾田氏に「地域みらい留学」の今後の展望について尋ねると、「もっと自由に学べる環境をつくっていきたい」という答えがあった。現在は留学先に生活基盤を移す3年間か1年間という2つの選択肢しかないが、ターム留学などの短期留学ができるしくみも模索していきたいということ、そしてもう1つが、「高校のネットワーク化」だ。
「都会の教育資源と地域の社会資源をうまくつなげていくことができればいいなと思っています。日本の高校100校をネットワーク化することで、例えば探究テーマでも自校の先生に専門の先生がいなくとも、別の学校の先生に力を借りられるようになります。また、ある非常にニッチな課題に興味や関心がある生徒が1つの学校には1人しかいなくても、ほかの学校に同じ課題に取り組みたい生徒がいれば、集まって協働で取り組むことができます。日本全国どこに住んでいても、より自由に積極的に学ぶことができる新たなしくみを生み出すこと。それをどう具体化するか、どう事業化するか、チャレンジしていきたいですね」
左:丸谷正明氏 右:尾田洋平氏