デザインを、一人ひとりの生きる力に。–【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校

高大連携 取材・文 ライター 水元 真紀
デザインを、一人ひとりの生きる力に。–【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校

近年、社会変革やイノベーションの必要性が叫ばれる中、「デザイン」や「デザイン思考」に注目が集まっています。同時に、「教育×デザイン」の取り組みも活発化しています。デザインがもつ価値とは何か、デザインはどのように人や社会に貢献できるのか。デザインによる経営課題の解決に長年携わってこられた多摩美術大学美術学部統合デザイン学科の教授・永井一史氏と、宝仙学園中学校・高等学校共学部の教諭で、自由な発想力を育成する教科「理数インター」の創設者である米澤貴史氏に語り合っていただきました。

デザインを、一人ひとりの生きる力に。--【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校

永井 一史
多摩美術大学 美術学部 統合デザイン学科 教授

Profile
1961年東京都生まれ。1985年に多摩美術大学を卒業後、株式会社博報堂に入社。2003年、株式会社HAKUHODO DESIGNを設立。2007年、デザインを通じた社会的課題の解決に取り組む、+designプロジェクトを立ち上げる。2008~2011年、雑誌『広告』編集長。毎日デザイン賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリなど受賞多数。

 

デザインを、一人ひとりの生きる力に。--【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校

米澤 貴史 
宝仙学園中学校・高等学校共学部 理数インター教諭・入試広報部長

Profile
1981年大分県生まれ。2004年、東京農業大学応用生物科学部醸造科学科を卒業。

都内私立女子校教諭を経て、宝仙学園が2007年に開校した、「知的で開放的な空間」をコンセプトとする「理数インター」に立ち上げから参加。2016年には中学校の新教科「理数インター」を創設し、既存の枠を超えた、非認知能力にフォーカスした学びを実践している。

 

社会課題の解決につながる「考えのデザイン」

永井 デザインについて話すとき、私は以前から、「考えのデザイン、かたちのデザイン」という言い方をしてきました。デザインと聞くと色や形状をイメージされる方が多いかもしれませんが、そうした「かたち」の創造にとどまらず、デザインにはもう一つ、「考えのデザイン」があると思うんです。たとえば、ブランディングのプロジェクトでは、いきなりかたちをつくり始めるのではなく、そのブランドが人々に対してどんな価値をもつのかなどを考えることからスタートします。かたちが生まれる前に必ず考え方があるわけで、そこがとても重要です。かたちと考えは相互につながっているものですが、場合によっては「考えのデザイン」だけでも大きな価値をもち得ると思います。

米澤 「考えのデザイン」ですか。本校の教育も考える力、論理的思考力を柱の一つとしているので興味深いです。


永井 そもそもデザインとは何かというと、現状を認識して、ありたい姿を描きながら、それに向けた本質的な課題解決を行うことだと思います。日常生活でも仕事の場においても、この部分をよりよくしていこうという意思をもって具体的に働きかけることがデザインではないかと。そう考えると、たとえデザイナーでなくても、無意識のうちにデザイン的な考え方で生活している人は多いのではないでしょうか。


米澤 「デザイン思考」という言葉も広く認知されるようになってきましたよね。


永井 はい。国際団体ATC21sによって「21世紀型スキル」が提唱されたのは10年以上前ですが、その中に創造性とイノベーション、批判的思考、問題解決、コラボレーションといったキーワードを見たとき、まさにデザインのことだと思いました。日本では2013年に国立教育政策研究所が「21世紀型能力」を提案しましたが、これは文部科学省が定めた「生きる力」に必要な資質・能力を明確化したものです。その中でも、自ら問題を発見・解決したり、新しいアイデアを生んだりする創造力が重視されています。2019年には政府の「成長戦略実行計画」にも、創造性やデザイン性というワードが入ってきました。そこには「機械やAIでは代替できない創造性、感性、デザイン性、企画力といった能力やスキルを具備する人材を育てていく必要がある」と明記されています。つまり、教育の分野だけでなく、社会や産業においてもクリエイティビティやデザインの力が非常に重視されているということです。今、私たちはいくつもの社会課題に直面していますが、その解決にデザインという方法論が役に立てる部分は多いと思います。これからの時代は、「考えのデザイン」がますます重要になってくるでしょう。

発想が交差し、新たな発想を生む  教科「理数インター」

デザインを、一人ひとりの生きる力に。--【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校

理数インターの「ドミノ倒し」の様子

 

米澤 今おっしゃったような流れを意識して設置したわけではないのですが、本校独自の教科「理数インター」も創造性やコラボレーション、課題解決などをキーワードにしています。

永井 「理数インター」と最初に聞いたとき、理数系の科目を多く学ぶのかなと思ったのですが、そうではなくて独創的ですごく楽しそうな学びですよね。この教科は2016年に始まったそうですね。


米澤 はい。以前から本校は進路指導と学力向上に定評がありました。それに加えて開校から10年を迎える頃、先ほど永井先生がおっしゃった「21世紀型スキル」にもつながる話ですが、本校を卒業した生徒が大学生になってやがて社会に出たとき、自らの人生を切り拓いていく力の育成がもっと必要ではないかという議論が起こりました。そこで舵を切って、中学校に新しい教科を設けることになりました。それに際して私が校長から言われたのは、「学校を楽しくしてほしい、生徒が学校を好きになるような空間をつくってほしい」ということだけです。その言葉を受けて私は、大人のつくる枠の中に生徒たちを入れて、考え方を切り揃えてしまうような空間にはしたくない。生徒たちが自由に発想し、互いの発想を交差させながら何かを創りあげていくような授業をつくりたいと思いました。「理数インター」誕生の背景にはこうしたことがあります。


永井 「21世紀型スキル」を身につける教育に早い時期から取り組まれていたのですね。


米澤 はい。3年間の流れを説明しますと、まず中1では「コラボレーション」をテーマに、グループでドミノ倒しやペーパータワー制作などを体験します。ドミノ倒しでは100個のドミノを並べて倒すのですが、初めからうまくいくことはありません。途中で止まってしまいます。そのとき生徒たちから「アーッ」と喚声があがって、じゃあどうすれば全部倒れる?並べ方のコツは?と対話が始まってアイデアが交差し始めます。そうした中で多様な意見があることを知って、仲間と協働することの楽しさを体感してほしいのです。中2のテーマは「プレゼンテーション」です。実在の企業から出された課題にグループで取り組んで、意見を出し合いながらそこで生まれたアイデアをまとめて、企業の方も招いてプレゼンテーションを行います。さらにそれに対してフィードバックをもらうことで、次の創造につなげていきます。中3では「ラーニング」をテーマに、最近では「問いってそもそも何だろう」という少し哲学的な領域にも挑戦しています。たとえば、「前髪をSNSでバズらせるにはどうしますか」という問いがあって、それについて考えて答えを出す。すると今度は、「ゴミ箱をSNSでバズらせるには?」という問いが出てきて、さらにその次には「“嬉しい”をSNSでバズらせるには?」と出てきて…こうしてゲーム感覚で進めていくのですが、今挙げた3つの問いの共通点は「SNSでバズらせる」です。ただ、バズらせる対象が異なっていて、それが抽象的なものなのか具体的なものなのかによって考えるプロセスが変わったり、考えやすかったり、考えにくかったりする。こうした学びを通して、問いとは何なのかを探究し、自分自身の「問う力」も高めてほしいのです。

正解のない世界を生き抜く 非認知能力を伸ばす

デザインを、一人ひとりの生きる力に。--【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校

統合デザイン学科 課題展示の様子「新しいお菓子体験をデザインする」

 

永井 お話を聴いていて、「理数インター」の学びは美術大学の学びのプロセスと近いというか、ほぼ同じだと感じました。私が教員を務める多摩美術大学の統合デザイン学科でも、アクティブ・ラーニングや課題解決型の授業は学びの中心ですし、そこに特定の答えがないところも共通しています。クリエイティブには正解がないと言われますが、クリエイティブに限らず、社会に出たら「これが絶対に正しい」というものは何一つありません。それなのに、ひたすら正解を出すことを求める教育というのはかなり限定的な世界だと思うんです。そうした既存の枠を中学という早い段階から外して、何事にも正解がないという前提で物事を考える姿勢を培っていくのは大事なことですね。

米澤 おっしゃるように、答えのない学びは「理数インター」の特徴です。ですから、この授業に成績はつきません。テストもありません。コラボレーションやプレゼンテーションに至るまでの過程で、生徒がいかに探究し、成長したかを重視しています。氷山にたとえるなら水面に出ている一角、見える学力を培うのが通常の授業であるのに対して、「理数インター」は水面下の見えない学力、創造性、主体性、協調性など非認知能力を伸ばすことが目的です。


永井 学校というのは、テストの点数や偏差値という数字だけを頼りに序列化されてしまう面がどうしてもあると思うのですが、その中で“余白”をもつことの重要性をあらためて感じました。大学に入ってからの学びや研究は、高校までの画一的な教科とはまったく質が異なりますから、その意味でも「理数インター」のような授業は貴重ですね。


米澤 生徒たちには、「何でも言いたいことを言っていいんだよ」「正解はないんだからどんな考えでも言ってみて」と常に伝えています。ただ、そうは言っても「これはどうやるんですか」という質問が生徒からは出ます。それに対して私は、こういう方法があるよ、こんな考え方もあるねと示すにとどめています。そうすると、生徒は自分で考えて選択します。生徒から見れば私は「教えてくれない先生」かもしれませんが、誰かから言われたことではなく、自分で選んだことで手応えを感じる。そんな経験が、生徒の自信や自己肯定感を高めることにつながると思っています。

自らレールを敷こうとする 生徒の姿が目立つように

永井 「理数インター」が始まってから、実際に子どもたちにはどんな変化がありましたか。


米澤
 自分でやりたいことを見つけて、それに対して自ら道筋をつけていく生徒が増えました。以前は教員があれこれ指示を出すことが多くて、生徒にしてみれば、その敷かれたレールに乗っかっていればいいやという空気があったような気がします。けれども今は、授業でも行事でも進路でも、自分でレールを敷こうとする生徒の姿が目立つようになりました。


永井 
これだけいろいろなことが急激に変化していく世の中で、「このレールに乗ったら一生安泰」というレールはなくなりましたよね。子どもたち、若者たちは、いわばレールのない時代をこれから長く生きていくわけで、そうしたときに大切なのが、自分のモノサシを持って主体的に社会と関わりながら、納得感のあるキャリア選択や自分らしい生き方を創造できる力ではないでしょうか。「理数インター」や美術大学の学びで培われるのは、まさにそんな力だと思います。


米澤
 「理数インター」を通して最終的に私たちが目指しているのは、自分の幸せと社会の幸せなんです。幸せとは何かを追究して、その中から自分自身の幸せを見つけて、行動を起こして、自分も社会も幸せにできる人に育ってほしいと願っています。

教室の外にも学びの場を 「Tama Design High School」

デザインを、一人ひとりの生きる力に。--【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校

 

永井 幸せを目指すことはデザインも同じです。デザインとはもともと社会をよくするためのもので、究極的には人が幸せになるために存在するものだと思っています。美術大学としては、そんなデザインの力をもっと世の中に知ってもらおうということで、誰でも学べるデザインのバーチャル大学「Tama Design University」を2021年に立ち上げました。今年6月にはその第2弾を開講して、第一線で活躍する研究者や実務家を招いてオンライン講座を無料公開したのですが、大変多くの方が受講してくださって、しかもその半数以上がビジネスマンをはじめ、デザイナーやクリエイティブ職ではない方たちだったんです。


米澤 それだけ一般の人たちもデザインに関心を持っているということですね。

永井 はい。大きな可能性を感じました。そこでもっと間口を広げようと考えて、第3弾として「Tama Design High School」を開催します。UniversityではなくHigh Schoolとしたのは、初学者の方たちを対象としているためです。どなたも無料で聴講できるので、デザインに関心のある社会人、学校の先生、学生はもちろんのこと、ハイスクールというからには、中学生や高校生にも積極的に参加していただきたいと考えています。


米澤 具体的にはどのような学びなのでしょうか。

永井 テーマは、「ゼロから学ぶ初めてのデザイン」です。30の講義を、「きほん」「まなぶ」「くらす」という3つのカテゴリに分けています。「きほん」では、そもそもデザインって何?ということから始めてデザインの基本知識をお伝えします。「まなぶ」では、デザインのプロセスを学びます。ユーザの立場に立って物事を感じる共感、解決すべき課題の定義、解決策の発想、解決策を目に見える形にする試作などです。最後の「くらす」では、日常に無数にひそんでいるデザインの要素を抽出していって、デザインは暮らしの中に当たり前にあることなんだと実感していただきたいと考えています。


米澤 中学生や高校生にとって、学校以外にそうした学びの場があることや、多様な人たちの考えに触れることができる空間は非常に魅力的だと思います。先ほど申し上げた企業の課題解決に取り組む授業にしても、発想の部分は教室の中でもできますが、それを形にするとか社会実装させるといったとき、学校だけのリソースでは難しい部分があります。それが「Tama Design High School」のような教室の外の空間とつながることで、新しいリソースが得られて、より創造的に学べるようになるのではないかとお話を聴いていて感じました。


永井 個人的には、中学校や高校の探究学習とデザインをもっと接続させれば、よりよい学びが生まれるのではないかと思っているんですよ。そのきっかけの一つに「Tama Design High School」がなればいいなと。相手を理解して寄り添うことであったり、世の中をもっとよくしたいという願いであったり、そういう人間の本質的な部分と深く結びついているデザインという行為をもっと知ってもらいたいです。

よりよい学びのツールとして デザインを活用してほしい

デザインを、一人ひとりの生きる力に。--【「Tama Design High School」開校記念対談】多摩美術大学×宝仙学園中学校・高等学校


米澤
 先ほどからお話を聴いていて、私たちが日常でしていること全部、デザインという言葉の中におさまるじゃないかと感じていました。今日よりも明日がよりよくなるためにということであれば、教育も、学ぶことも、自分や社会の幸せのために行動することも、すべてデザインですよね。子どもたちの生きる力を高めるためにも、そうした学びが学校の中にも外にもどんどん広がっていけばいいなと思います。


永井 デザイン的な知や方法論を身につけることは、この不確実な時代において、新たな未来を創造していく力にもつながると思います。ですから、デザインというものを、よりよい学びの場をつくり出すためのツールの一つとして教育に取り入れていただけると、子どもたちの未来にも日本の未来にも大きな可能性が広がっていくのではないでしょうか。

「Tama Design High School」
【会期】
<講義>11月27日(月)~12月24日(日)
<展示>11月20日(月)~12月24日(日)
11:00~19:00 会期中無休 入場無料
【会場】
東京ミッドタウン・デザインハブ
聴講無料の30の講義を東京ミッドタウン内とYouTubeにて実施
中学生・高校生の参加も大歓迎!
詳細はこちらから