美術大学で学ぶ「建築」
未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。

高大連携 ライター 水元 真紀
美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。

1935年の創立以来、美術とデザインの最先端で創作研究を実践している多摩美術大学。今回はその環境デザイン学科の松澤教授と、中学受験の専門誌『進学レーダー』の井上編集長の対談の模様を紹介します。私学の「今」や「美大における建築の学び」などについて語り合っていただきました。

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。

松澤 穣
多摩美術大学 美術学部 環境デザイン学科長 教授 一級建築士
1963年東京生まれ。芝中学校・芝高等学校卒業。東京藝術大学美術学部建築科卒業。
東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修了。2008年 株式会社松澤穣建築設計事務所設立。
2013年より多摩美術大学美術学部環境デザイン学科教授。

 

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。

井上 修 

日能研の中学受験雑誌『進学レーダー』編集長
1967年愛媛県生まれ。横浜国立大学を卒業後、日能研に入社。
日能研千葉・茨城私学活性化担当ディレクター兼務。
長年、中学受験や大学を含めた教育現場の取材、情報分析に携わる。執筆・講演会も多数。

「自分がやりたいこと」を最優先に。大学選びのパラダイムシフト

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。

多摩美術大学 図書館

 

松澤:近年、全国各地で高大連携の取り組みが進んでいますが、高校までに培われた学びに対する意欲やポテンシャルは、確実に大学生活に引き継がれますね。学生と接する中でそれを感じる場面がたびたびありまして、今日は高大連携や私学の学びについてお聞かせいただこうと楽しみにしておりました。

井上:松澤先生は芝中学校・芝高等学校のご出身だそうですね。自由で穏やかな校風が特徴の学校ですが、どのような6年間を過ごされましたか。

松澤:単に大学受験のための教育ではなく、実技や芸術科目など、創造力や情操面を豊かにする教育を大切にしていたという実感があります。中学時代は、小学校の同級生が高校受験に勤しむのを後目に、ワンダーフォーゲル部で野山を駆け巡っていました。

井上:芝といえば名物部活の技術工作部も歴史がありますよね。創造力や情操面を重視する教育は芝の伝統なんですね。

今、私立中高一貫校はパラダイムシフトを迎えています。中高一貫校、特に進学校では6年分の学習内容を高2までの5年間で消化して、高3の1年間は難関大学合格に向けて演習を繰り返すというのが一般的な在り方です。ゆえに、「難関大学合格が最大の目標」という画一的な考え方で進路選択が行われる傾向がありました。それが、近年では、自分は何をしたいのか、それを実現するにはどんな学部・学科か、それはどの大学にあるのかという順番で生徒を導くように変わりつつあります。つまり、大学の名前やブランドではなく、やりたいことを起点に進学先を探す「ダイバーシティ型」の大学選びに変わってきているんです。実は、中高一貫校はダイバーシティ型の大学選びにはうってつけの環境です。高校受験を経験しないぶん、大学選びやその先のキャリアについてじっくり向き合えるのです。


松澤:昨年、本学は工学院大学附属中学校・高等学校と中高大連携協定を結びまして、12月に中学校の生徒たちを招いて学生がプレゼンテーションを行いました。その後こちらが出向いて模擬授業をする機会もいただいて、今後も連携を継続していく予定です。


井上:中高生が早いうちから大学に触れることができる機会があるのは素晴らしいですね。大学訪問や出前授業を通して高等教育機関の学びにふれ、その学部・学科の特徴を理解したうえで進学先を選べば、入学後のミスマッチも起こりにくくなるでしょう。そのためにも高大連携はもっと進められるべきです。とくに芸術系大学や美術系大学は人気が高まっていますから、美大にはぜひ、高大連携の取り組みを推進していただきたいと思います。

社会で高く評価される美術系大学出身者の非認知スキル

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。


松澤:
ところで芸術系、美術系大学の人気の背景にはどんなことがあるのでしょうか。

井上:一言で申し上げると、卒業生の非認知スキルの高さです。近年は社会での働き方が変化して、従来のトップダウン型から、専門スキルを持つメンバーを集めて一つの目的を達成するプロジェクト型、グループ型になっています。

松澤:建築家の仕事もまさにそれです。職人さんをはじめ、多様なスキルや価値観を持つ人たちと協働しながら一つのプロジェクトを完成させます。

井上:そのとき大切なのが、まさに今おっしゃった協働性やコミュニケーション能力です。独創的な企画を立てる力やそれを表現する力も求められます。そうした力が現在、非認知スキルと呼ばれて社会で非常に重視されているんです。そして表現力が豊かで、協働性にも富んでいる芸術系、美術系大学の出身者は社会における評価が高い。

松澤:芸術系、美大系大学が評価されていることは嬉しいですね。

井上:今の小学生、中学生のお父さんやお母さん自ら、プロジェクト型の仕事を経験する中で非認知スキルの重要性を痛感されていて、それを伸ばしてくれる学校で子どもを学ばせたいと考えておられるようです。近年、女子美術大学付属中学校・高等学校の志願者が急増しているのも、背景に非認知スキルがあるのだと思います。

松澤:先日、吉祥女子中学校・高等学校に出向いてワークショップを開催したのですが、早稲田や慶應といった難関大の合格者だけでなく、芸術系大学の合格者も多く輩出している学校です。本学にも毎年複数の方が合格しています。

井上:吉祥女子は昔から芸術教育に力を入れていて、高2から進路別に分かれて学ぶ際も文系と理系だけでなく、芸術系という選択肢がありますね。難関進学校ほど、音楽も美術も技術もすべてが主要教科という認識に立って教育を行っています。ですから私は保護者会でよく、東大と東京藝大は同価値だと申し上げているんです。

多摩美の学びと社会は地続き。「好き」が仕事に結びつく

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。


井上:
貴学のパンフレットを拝見しましたが、仲間との共同制作や、企業と提携して社会課題に取り組むプロジェクトが豊富で、4年間で身につけたことが社会にしっかり結びつくようになっていますね。

松澤:多摩美でやっていることと社会は地続きなのだと学生には話しており、もともと本学が実践してきたアートの学びというのは、非認知スキルを伸ばす学びでもあったのだとお話を伺いながら実感しました。

井上:美大は非認知スキルの大海ですよ。だからこそ、貴学はこれほど就職が良い(※)のでしょう。非認知スキルが社会でいかに必要とされているかの表れですね。

※多摩美術大学は「人気企業ランキング100」(東洋経済調べ)の約半数に、クリエイティブ職や総合職としての就職実績がある(同大大学案内より)。


松澤:その中でもとくに建築という分野は、先ほど申し上げたように、さまざまな人との協働で成り立っていますから、授業の中で非認知スキルを伸ばせるよう試行錯誤しています。

井上:それは、具体的にはどんなことですか。

素材を知り尽くした職人の隣で、体感しながら建築を学ぶ

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。


松澤:
「素材演習」という授業では毎回異なる素材を取り上げて、その素材に一番ふれている職人さんをお招きしています。木造家屋の建築で柱や梁などの主要構造部材を組み立てることを建前というんですが、先月は大工職人の方に来ていただいて、その方の指導のもと、茶室大の建前を学生たちが組み上げました。

建築家というのはオーケストラの指揮者と似ています。指揮者は指揮棒を振りますが演奏はしません。建築家も建築の指揮は執りますが、左官職人のように壁を塗れるわけでもなければ、大工職人のように鉋(かんな)を扱えるわけでもない。ですから、素材に対するリアリティを一番持っているのは職人で、素材を知り尽くした職人の言葉というのは宝の山なんです。それを引き出すコミュニケーション能力が現場では重要ですね。


井上:職人さんの仕事にふれること、リアリティも重視されているんですね。

松澤:はい。というのも建築の学びにおいては、すべてが模型やCGという代替物での表現になるからです。自分が設計した原寸大のものが完成するのは仕事を始めてからで、それが楽しみでもあるんですけど、学生にとってはフラストレーションがたまる面もある。そこを解消するためにも、リアリティを担保しつつ、体感しながら学んでもらうことを大切にしています。

実技を課さない共通テスト。入学者のポテンシャルは極めて高い

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。


井上:
貴学は、実技試験を受けずに大学入学共通テストのみで受験できる入試も採用されていますね。


松澤:
はい。環境デザイン学科を含む6学科・専攻・コースで共通テストのみの入試を実施しています。共通テストのみで入学してきた学生は、「絵が描けなくて大丈夫だろうか」と不安な顔をしています。確かに、美術予備校を経て入学した学生と比べると初めは技術がついてこない部分はありますが、それは入学当初だけ。2年、3年と経験を積むうちにぐんぐん伸びて、4年生で大きく開花します。共通テスト入学者のポテンシャルは極めて高いですね。その姿に美術予備校出身者が刺激を受けて、切磋琢磨するという好循環が生まれています。

井上:ピカソとルソーのようですね。ピカソが幼い頃から絵が上手で、美術学校で学び、美術の王道を行ったのに対して、ルソーは独学で絵画を学んで画家になりました。2人の道のりはまったく違うものですが、どちらも素晴らしい画家ですよね。


松澤:
おっしゃる通りです。肝心なのは入学後にどれだけ成長できるかですし、絵が上手なことと建築の能力は別問題ですから。今後も共通テストの入学生を積極的に採用していきたいと考えているのですが、建築といえば理工系というイメージが根強いようで、美大で建築を学ぶという選択肢をもっと知ってほしいと思います。

「形を生み出す力」に秀でた美大出身の建築家

美術大学で学ぶ「建築」 未来をひらく鍵は、非認知スキルにあり。

多摩美術大学卒の大野美代子がデザインした横浜ベイブリッジ
©事業主体/首都高速道路公団(当時)写真撮影:藤塚光政

 

 

井上:建築を理工系の大学や学部で学ぶことと、美大で学ぶこととの違いは何ですか。

松澤:「形を生み出す力」は美大出身者のほうが高いと評価されています。形って、これだけの広さで、こんな環境で…とデータを積み上げていって生まれるものではなく、飛躍、ジャンプが必要なんです。「こんな形だったらいけるんじゃないか」という飛躍がまずあって、そのあと検証しながら精度を高めていく。この精度を高める作業は理工系の人が得意で、最初の一歩を生み出す力に長けているのが美大出身者の特長だと考えます。


井上:
スティーブ・ジョブスですね。あの想像力の飛躍があって、革新的な製品が次々と生まれたわけですから。


松澤:
確かに、ジョブスは「こんなのがあればいいんじゃないか」という最初の一声をずっと言い続けた人ですね。
他に、空間設計に対する向き合い方も美大出身者ならではだと思います。空間設計は音と音楽に例えられます。高音質だからこそいい音楽とは限らないですし、レコードのように古い録音の音楽に感動することってありますよね。それと同じで、豪華な素材を使っても、豊かな空間になるとは限らないんです。豊かな空間になるには、床や壁や天井がどのような構成になっているかの知識に加えて、「豊かさとは何か」をイメージできる感性が必要です。こういった力を育めるのも美大の強みだと思います。


井上:
形を生み出すのってすごく楽しいことですよね。しかも建築は社会に直結していて、自分が手がけたものが世の中に残るのですから。


松澤:
そう、楽しくてやりがいのある仕事なんです。ただ、自分の好きなことが建築につながると気づいていない中高生が大勢います。2022年の鉄道模型コンテストでは、シカゴの高架鉄道を表現した灘中学校・高等学校が文部科学大臣賞に選ばれましたよね。その様子をテレビで観ていたら、一人の生徒が「自分たちは3Dプリンタで設計しました」と言ったんです。それを聞いたとき、高校生が設計という言葉を使ったことに驚くのと同時に、これはまさに建築のジャンルだと思いました。


井上:
鉄道模型が建築への入り口になるんですね。

 

松澤:はい。工学院大学附属中学校・高等学校の生徒とジオラマを前に話をしたときも、「先生、ここからのアングルが良いんですよ」と説明してくれたのですが、その言い方も、見え方にこだわるところもまさに建築の価値観。この高校生は美大で建築を学んだら伸びるだろうなあと思いました。けれども本人は、自分の興味が建築に結びつくとは思っていない。それに気づかせて、可能性を伸ばしてあげたい、そのためにも美大の魅力や美大で建築を学ぶ価値を発信していきたいと思います。


井上:
私学には生徒が自分の興味を探る場が数多く用意されていますが、大学側からもそうした働きかけがあれば、子どもたちはより豊かな進路選択ができるようになるでしょう。それを楽しみに、私学の教育や大学選びについて私も発信していきます。

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